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170311 差別撤廃の一環だった「創氏改名」 

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第2章 韓国が糾弾する「7奪」を論破!

 5︎⃣「姓名を奪った」への反論

  差別撤廃の一環だった「創氏改名」


満州ばかりではなく、半島の朝鮮人からも日本名への要求が出てきました。

「日本人になって30年近く経っても、日本式姓名を名乗れないのは朝鮮人への差別である」との不満が朝鮮人の間に高まってきたのです。
無理もないことでした。

たとえば、日本とアメリカが合邦したと仮定して、30年近く経っても日本人が米国式の名前を名乗ることを禁じた法律があれば「差別」となるでしょう。
「アントニオ猪木」も「アームストロング」もダメということになります。

内鮮(内地人と朝鮮人)差別撤廃に腐心していた朝鮮総督府としても朝鮮人の声を無視できなくなり、なんとか良い方法がないか検討を始めました。



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しかし、簡単にはいきません。

朝鮮総督府内部でも日本への密航増加や治安上の問題を憂慮した警務部(警察庁に相当)が反対、これに対して文部部(文部省に相当)は内地人も朝鮮人も天皇陛下の臣民として平等であるという「一視同仁」の考えから賛成し、、侃侃諤諤すったもんだの議論の末に、ようやく1939年(昭和14年)に朝鮮戸籍法の改正にこぎつけたのです。



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では、その改正内容はどのようなものだったでしょう。

朝鮮総督府ではあくまで朝鮮の文化伝統を尊重する立場から「姓」をそのまま戸籍簿上に残し、新たにファミリーネームとしての「氏」を創設することにしました。

「姓」とはあくまで一族の名前であり、朝鮮では男女ともに一族の姓を一生名乗るものとされ、女性は結婚しても姓は変わりませんでした。

したがって、日本のような家族単位の苗字(「氏」)を「姓」以外に設けることにしたのです。



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これにより日本名を希望する朝鮮人は、戸籍上の「氏」を日本名にすることで日本式の苗字を名乗れるようになりました。

これで戸籍簿上には「姓」と「氏」の二つが記載されることになり、これは朝鮮人が「姓」を変えることなく合法的に日本式の苗字を持つことができる妙案でした。

もし「姓」を変えるのであれば「改姓」であり、「創氏」とは言わないはずです。



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「氏」の創設は期間が限られていました。

1940年2月11日より半年間に希望する「氏」を登録することにしました。
日本名を必要としない人は特に登録の必要はなく、その場合は家長の朝鮮式姓がそのまま「氏」に充当されました。

これを「法定創氏」と言い、約20%の人が「法定創氏」を選択しました。



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さらに「せっかく日本人の苗字が名乗れるようになっても、下の名前が朝鮮式のままでは意味がない。名前も変えさせてほしい」という要望が多く、これに応えるために朝鮮戸籍法を改正する際に、裁判所に申請し裁判所が正当な事由と認めた場合に限り、手数料を支払って名前を変えることも可能としました。

これによって「創氏改名」が実現したのです。



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これらの事実は、朝鮮総督府発行『朝鮮総督府施政年報 昭和15年版』(国立国会図書館蔵)に、次のように明記されています。

「朝鮮戸籍令の改正ありたるも従来の姓及び本貫(一族始祖の発祥地)は依然としてこれを戸籍簿上に存置することとなしたり」

「一家創立の場合のほか自己の姓以外の姓を氏として用うることを得ざるものと為すと共に氏名は原則としてこれを変更することを得ざるものとし唯正当の事由ある場合に限り裁判所の許可を得て之を変更し得ることとなしたり」




松木国俊 著 ほんとうは、「日韓併合」が韓国を救った! から抜萃




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