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161221 「朝鮮語廃止」を唱えた朝鮮知識人 

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第2章 韓国が糾弾する「7奪」を論破!

 4︎⃣「国語を奪った」への反論

 「朝鮮語廃止」を唱えた朝鮮知識人


逆に、朝鮮の知識人のなかには「朝鮮語の廃止」を唱える人々が大勢いました。
『朝鮮人の進むべき道』の著者、玄水燮は、朝鮮の民族主義も社会主義も否定して「学校で朝鮮語を教える必要はいささかもない」と主張し、「朝鮮語廃止」と「日本語常用」を唱えました。

彼は、朝鮮の独立運動と言われる三・一運動の主導者の一人、朴熙道ボクキドウとともに、国民精神総動員朝鮮連盟の常務理事として南次郎総督に会い、「朝鮮人が完全な日本人となるためには、無意識的融合、つまり完全な内戦一元化からなされなければならないのであるから、神道を通じて、また朝鮮語全廃によらなければならない」と朝鮮語の全廃を提案しました。

しかし、南総督は「朝鮮語を廃止するのは良くない。可及的に国語(日本語)を普及するのはいいのだが、この国語(日本語)普及運動も朝鮮語廃止運動に誤解されることがあるくらいであるから、それは出来ない相談である」といってこれを拒否しています(杉本幹夫『「植民地朝鮮」の研究』展転社)。


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そのほかにも、日本語推進を主張する朝鮮の文筆家団体がいくつも結成されました。
1942年(昭和17年)には朝鮮文人協会がその他の団体と合併して朝鮮文人報国会を結成し、200名の文人が名を連ねて日本語による作品づくりを提唱しました(黄文雄『韓国は日本人がつくった』ワック)。

このように、朝鮮人の知識人の間で朝鮮語全廃の主張がなされ、反対に日本がこれを押しとどめていたのが歴史的事実なのです。

もし韓国が主張するように「日本が朝鮮語を奪った」のが事実なら、当時の朝鮮人は全員日本語を話せたはずです。


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朝鮮総督府施政年報昭和16年版に朝鮮での国語(日本語)の普及状況が記載されています。
昭和16年(1941年)末現在、「やや解しえるもの」および「普通会話に差し支えなき者」合わせて約390万人であり、これは当時の朝鮮の人口の16%にすぎません(しかも彼らは全てバイリンガルでした)。

朝鮮語を奪われ、しかも日本語を話せない残りの84%は一体、何語を話したのでしょう。


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戦前および戦中、朝鮮総督府警察官僚を務めた坪井幸生は著書『ある朝鮮総督府警察官僚の回想』(草思社)のなかで、次のように述べています。

「当時の朝鮮人の日常の市民生活では、当然のこととして朝鮮語が常用されていた。
日本人が稀にしかいない田舎はもちろん、都会でも庶民の生活では朝鮮語が普通に使われた。
汽車、電車の切符もタバコも朝鮮語で買えた。
朝鮮内ではどこの郵便局でもカナ以外にハングルを使って電報を打つことができた。

”朝鮮語の使用禁止”があったというのは、当時の事情を知らないものの虚報か、タメにする作り話である」



松木国俊 著 ほんとうは、「日韓併合」が韓国を救った! から抜萃




撮影機材 Nikon F801





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