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160623 中国人の対日恐怖心の淵源 4-4 

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4 矛盾を深める中国人の対日意識

中国人の対日恐怖心の淵源
4-4

歴史教育/愛国教育「悪玉説」は、同時に、「中国から共産党という要素を排除すれば、日中関係はよくなる」という説にもつながってゆく。
しかし、1972年の国交正常化の当時も、それ以降も、中国国内にある反日感情を抑えて日本との関係を進めてきたのはむしろ共産党政権であった。
もちろん共産党政権が日本に好意を持っていたという意味ではない。
背後に迫ったソ連の脅威と向き合うために日本を必要としたというだけの話ではあるがーー。


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実際、中国国内で今もくすぶる「民間賠償問題」(国家間の賠償は1972年に決着したが、民間の賠償はこれとは別だとして直接裁判を起こす民間の動き)について共産党政権は極めて冷淡で、尖閣問題で有名な中国民間保釣連合会など、一部の反日活動家たちの不満をかってきた。
また小泉政権時代に高まった靖国神社公式参拝問題をめぐる反日デモの後に、盧溝橋にある抗日記念館の展示物を入れ替えるということもあった。
展示物の最後に、旧日本軍による中国人への拷問を再現した蝋人形があったのだが、それがいきなり小泉首相と胡錦濤国家主席が笑って握手している大きなパネル写真に変えられたのだ。
この180度ともいえる入れ替えには、わざわざそれを見に行った私も相当に驚かされた。


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私は1986年から2005年まで、反日と名前のつくデモはほとんどすべて現地で取材してきたが、デモ参加者たちが日本の歴史をよく理解しているなどと感じたことは一度もない。
むしろ逆に、あまりにも日本のことも日中関係も知らないことに驚かされるのが常だった。
彼らの多くはせいぜい「日本はかつて中国人に酷いことをした」という漠然としたイメージを持っているだけで、満州事変も盧溝橋事件も、南京虐殺すら具体的には語ることができなかった。
ただ「日本人が酷いことをした」というイメージだけは、確固とした思い込みとして、刻み込まれている。


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では、そのイメージは学校での歴史教育によるものかといえば、多分違うだろう。
教科書というものは、例外なくどこの国でも退屈なものだ。
中国においても、歴史の授業が面白くて仕方がないと感じる学生がそれほど多いはずがない。
しかも、共産党政権下で進められた歴史教育は、中国共産党がいかに悪辣な侵略者である日本を追い出したかということに重点が注がれているのだ。


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一方、歴史問題においては、日本人が一つの言葉を間違えただけで、親しい中国人が烈火のごとく怒り始めるということが起きるが、それは日本を”トラ”と捉えるような”恐怖”を彼らが抱えているからである。
”恐怖”というものは、論理や知識で醸成されるものでなく、ある事象が直接、感情を刺激することによって生まれる。
分かりやすくいえば、”肌で感じる”ということである。


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従って、日本人に対する恐怖感がどうして生まれたかは、日本の保守派の論者や政治家が指摘するような歴史教科書よりも、それ以外の何かだったと考えるほうが自然である。
私は、そこに映画やテレビドラマといったソフトパワーの影響を加えるべきだと考えるのだ。
特にテレビが普及する前、建国からしばらくの間は、映画が担っていた役割は決して小さくない。




富坂 總 著  中国人は日本が怖い! から抜萃




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160620 中国人の対日恐怖心の淵源 3-4 

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4 矛盾を深める中国人の対日意識

中国人の対日恐怖心の淵源
3-4

そもそも多くの中国人の心の中に「日本人は怖い」というイメージが一体どのようにして刻みこまれたのか。
そこに大衆文化の果たした役割が同じように見えてくるからだ。
前章では最近の抗日テレビドラマの変容に触れたが、それ以上に大きな存在であったのが、50年代から60年代にかけて盛んに公開された抗日戦争映画なのである。
中国人の心に根深い「反日感情」を植え付けた最大の原因は何かという話になったとき、中国共産党が行ってきた「歴史教育」と江沢民時代に進められた「反日教育」だというのが、日本の知識人の一般的認識である。
ちなみに反日教育と呼ばれるものは、民主化を求めて天安門に座り込んだ学生や市民を人民解放軍が武力で排除したため、国際社会から制裁を受け孤立した時代、共産党政権が国民に団結を呼びかける目的で行った教育で、正確には「愛国教育」と呼ばれている。


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この愛国教育推進の背景には、中国が西側による和平演変(武力を使わないで政権を転覆させるというもくろみ)を真剣に警戒したという事情があり、必ずしも日本だけをターゲットにしたものではない。
ともあれ、「反日教育こそ、いわれなき反日感情を中国人に根付かせた最大の要因である」との説が、日本社会に定着してしまったのは、周辺国に謝りつづけることに倦んだ日本人が、自らをイノセントだと思いたい心理と共鳴した結果だろう。
愛国教育=反日教育となったのは、中国共産党が自らの政権の正当性を強調すれば、自然と、中国を侵略した帝国主義者たちを追い出したという歴史を強調することになり、最大の侵略者が日本であったからである。


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アヘン戦争を仕掛け、中国が世界から寄ってたかって植民地化されるようになる1番大きなきっかけを作ったのはイギリスである。
そのイギリスを差し置いて、日本が侵略者代表とされるのはいささか公平さを欠くのではという不満も感じるが、ここには明確に人種差別的問題が横たわっている。
なにしろエリザベス女王は天安門の英雄記念碑に献花しているほどの厚遇を受け、しかもイギリスが過去の侵略について中国に謝ったことは一度もないのだ。
しかし、日本人がそれをいっても切なくなるだけであり、共に連合国として戦ったからであろうと納得するしかない。


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ただ繰り返しになるが、愛国教育が反日感情のすべての元凶であるとの考え方には、やはり無理がある。
その根拠はいくつかあるが、まず指摘しておきたいのは江沢民時代に、愛国教育の1つの目玉として、百数十の抗日戦争記念館/博物館が各地に建設されたが、それらは大半が有料で、館内に展示された出所不明の残酷写真は、私が留学していた頃は、バス停など公共の場所でも普通に接することができた、よくある見慣れた代物ばかりなのである。
また、中国の歴史教育における日本に関する記述は、年々ボリュームが少なくなってきているのだが、一方で反日感情や、反日に絡む暴動などは、逆に年を追うごとに増加してきているのだ。
明らかに教育とは別のベクトルが存在するということだろう。




富坂 總 著  中国人は日本が怖い! から抜萃





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160619 中国人の対日恐怖心の淵源 2-4 

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4 矛盾を深める中国人の対日意識

中国人の対日恐怖心の淵源
2-4

日本人としてどう考えるかは別にして、憲法改正問題にしろ、靖国問題にしろ、純粋に捉えれば、日本の国内問題である。
だから、中国からの過干渉を日本人がうとましく感じるのは当然なのだが、中国政府による過干渉を生む根源が、一般の中国人が日本人に対して持つ”恐怖”であるとしたら、その共振をいかにして和らげていくかも、日本にとって重要な外交的課題に違いないのだ。


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もちろん政治的アプローチとして、1972年の国交正常化以降、日本は中国に対し、ずいぶん手を尽くしていきたといえる。
国としての正式な謝罪も、20回以上も行ってきた。
謝罪について、一部の保守論者は否定的であるが、私は外交上、あって然るべきだと思う。
国際関係において堂々と新たな価値観に依拠することは、むしろ重要なのである。
にもかかわらず、日本国として公式に表明した歴史認識を、重要閣僚や大物政治家がいとも簡単に覆す発言をする愚を繰り返してきた。こうした日本自身のオウンゴールが”飛んで火に入る夏の虫”とばかりに中国共産党の宣伝にいいように利用され、日本が再び謝罪と譲歩を迫られるというバカげた連鎖を生んできたのである。


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その結果、日本国民には「何回謝らせれば気が済むのだ」という不満が芽生え、一方、中国国民の多くに「なぜ日本はいまだにきちんと謝らないのか」という驚くべき思い込みが根付いてしまったのである。
改めて思うのだが、政権のコンセンサスとなった政治表明を、閣僚が「俺は違う」と否定するのは、幼児性の表れではないだろうか。
国益を追求する政治決定は、時に個人的信念や思い込みを超えた先にある。
強い組織こそ、それは徹底され、決定までに議論が尽くされたにしても、一度決まった政策にはきちんと従う。
国益を売り払っても自分の意見を開陳したいという政治家の幼児性や個人的利益のために、日本はこれまでずいぶん大きな犠牲を払ってきたといえなくもない。


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さて、こういう事情で、政治的なアプローチがもはや行き詰まってしまったという印象の強い日中関係において、どうしたら新たな突破口が開かれるのか、と考えた時、重要になってくるのは、やはり”文化”という視点ではないだろうか。
日中ジャーナリスト交流会議のセッションの中で凍りついた雰囲気が、かつて中国で大流行した日本の映画やドラマの話を始めると一気に緩んだという話は既にしたが、当然のこととして逆の現象も存在したのである。




富坂 總 著  中国人は日本が怖い! から抜萃




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160618 中国人の対日恐怖心の淵源 1-4 

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4 矛盾を深める中国人の対日意識

中国人の対日恐怖心の淵源
1-4

いまやGDPで日本を上回りーーこのことはメディアが喧伝するほどの意味があるとは私には思われないのだがーー核ミサイルと空母を保有し、アメリカに対し太平洋を二分して統治しようともちかけるほどの大国となった中国が、「日本が怖い」などといったところで、日本人が現実感を持って納得できるはずがないのは当たり前だ。
海洋進出の意図を隠そうとせず、軍備を拡張する一方で、国際社会からの要請を無視して秘密主義を貫き通しているのだから、日本人の普通の感覚からすれば「怖いのは日本じゃなくて中国のほうだろう!」となるはずだ。
だが、日本人の頭の中を「?」で満たしたとしても、中国人が日本人をどこかで恐れているというのは、決してポーズでもなければ冗談でもない。


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例えば、日本人に対する蔑称としてよく知られている「日本鬼子」という言葉がある。
日本では、「鬼子」(クィ・ズ)とは「幽霊」ぐらいの意味だろうと理解されているが、より近いのは西洋におけるドラキュラやフランケンシュタインのような怪物のイメージなのだ。
こういえば「いずれにしても蔑称なのだから、幽霊でもドラキュラでも同じだろう」という声が聞こえてきそうだが、そこにある違いは、実は意外なほど重要な意味を持っている。


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日本人を指す「鬼子」は、まず超人的な能力を持っていて、その能力を使って人々を苦しめる存在でなければならない。
いつの場合も、悪事は働いても能力は高いという設定なのである。
かつては西洋人を「鬼子」といっていた。
つまり、中国人はその「鬼子」の能力の高さを認め、密かに恐れているのだ。
こうした話をする時に、よく引き合いに出される隣国・韓国に対する中国人の反応と比べてみると、よりはっきりする。
中国人が韓国人を罵る時に使う蔑称は「高麗棒子」(ガオ・リー・パン・ズ)という言葉だ。
日本語に訳せば「トウモロコシ野郎!」ということになるだろうか。
日本人を呼ぶ「日本鬼子」と比べると、明らかに蔑みの種類が違っている。
朝鮮半島の人々には申し訳ないが、中国人にいわせれば「高麗棒子」こそ、蔑み以外に何もない言葉だという。


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本題からは少しズレてしまったが、要するに中国人にとって日本は相変わらず”恐怖”の対象であるという事実は、たとえそれが日本の実情とどれほどかけ離れていても、また、日本人がどれほど心外だと感じたとしても、中国は外交問題や他の折衝せっしょうにおいても、それを根底に秘めて対峙してくるということだ。
そのことを、まず認識しておく必要がある。


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富坂 總 著  中国人は日本が怖い! から抜萃




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160616 アメリカ大統領 広島初訪問 

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’16/06/11の道新こども新聞 「週刊まなぶん」から

アメリカ大統領 広島初訪問
オバマさん「核なき世界を追求する」


アメリカのバラク・オバマ大統領が5月27日、広島市の平和記念公園を訪れました。
原爆慰霊碑に黙とうし、被爆者を含む全ての戦争犠牲者を追悼しました。
現職のアメリカ大統領が被爆地を訪れるのは初めて。
戦後71年でついに実現した歴史的訪問となりました。


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オバマさんは主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)に出席した後、広島に移動し、安倍晋三首相と原爆資料館を約10分間見学しました。
その後演説し、「私の国のように核を持っている国々は、核兵器なき世界を追求する勇気を持たなければならない。私が生きているうちに、この目標は達成できないかもしれないが、努力を続けることが大惨事の可能性を小さくする」などと、核廃絶の決意を表明しました。
演説後には、高齢の被爆者らに歩みより、握手して言葉を交わし、涙ぐむ被爆者と抱き合う場面もありました。
ただ、アメリカでは今も「原子爆弾の投下で第二次大戦が早く終わり、結果的に多くの人が死なずに済んだ」という考えが根強くあります。
オバマさんは71年前の原爆投下が正しかったのか、間違っていたのか判断を示さず、謝罪もしませんでした。



Nikon F801



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160614 領土問題で日本は有利になった 2-2 

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領土問題で日本は有利になった 2-2

ひるがえって中国の現状はどうだろうか。
今や世界的にも知られることだが、中国は深刻な少数民族問題を抱えている。
日本における沖縄問題と、中国の少数民族問題を同列に語ることはできないが、中国が沖縄の歴史という視点に立ち、沖縄のために日本の領有が問題だと主張するのであれば、話は違ってくる。
中国における少数民族問題の代表といえば、チベットとウイグルの問題が真っ先に挙げられる。
現在はそれぞれチベット自治区と新疆しんきょうウイグル自治区として中国の一部とされているが、1959年のチベット動乱に代表されるように、人民解放軍が武力を行使して強引に領土に組み入れたとする見方は依然として根強い。
さらにインドにはチベット亡命政府が存在し、世界に中国政府の無法を訴えている。
またウイグル自治区では漢人よるエスニック・クレンジングが進んでいるとの噂が絶えず、デモや暴動が頻発している。


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中国の少数民族政策が成功しているとは、間違ってもいえない状況なのだ。
本来なら、沖縄県人の自由度と比較して、「中国でも一応、全国人民代表大会(全人代)にそれぞれの地域から代表が送り出されているが、その選挙は普通選挙とは言い難いものだ」などと指摘したいところだが、実際のところはそれ以前の状況と言わざるを得ないのである。
もし、それらを理解した上で、なおかつ沖縄を中国に近づけるような選択をしようとする沖縄の政治リーダーがいるとすれば、その人物は将来、自分の子孫たちからひどく恨まれることを覚悟しなければならないだろう。
いずれにせよ日本は、この問題が中国から出された時点で、民主主義国家として両国間にある大きな”差”を、きちんと明示しておくくらいのことはやっておくべきだった、というのが私の考えだ。


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実際、中国も国際世論には敏感な側面があり、普通選挙の権利さえ保障されていない国に近寄って行く人や地域があるはずがないということも、中国自身がよく理解している。
1997年に返還された香港に対し、鄧小平は「一国二制度」というアクロバティックな政策を約束し、現在も曲がりなりにもそれを守り続けているのだ。
もし香港市民が、自由が失われたとして反旗を翻し、騒擾そうじょうや内乱でも起これば、中国が最大の命題としている台湾統一など、夢のまた夢となる。
それだけではない。
香港内乱にチベット、ウイグルが呼応すれば、年間20万件といわれる群体ぐんたい事件(暴動)もさらに大規模なものとなって政府に押し寄せるだろう。
力に頼るだけの民族や地域の支配が、いかに簡単でないかということを、中国自身が今世界に向けて証明しているのではないだろうか。


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つまりこういうことだ。
力では簡単には達成できないことを、併呑の過程は決してスムーズとはいえず、負の歴史を背負っている沖縄において、日本は達成しており、そのことにもう少し自信を持ってもよいはずだ、といいたいのである。
これこそが”価値”の力なのである。
力による支配は、一見「早道」のようであっても、それは根本的に問題を解決するものではない。
力が弱まれば、それでおしまいになる。




富坂 總 著  中国人は日本が怖い! から抜萃




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160613 領土問題で日本は有利になった 1-2 

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領土問題で日本は有利になった 1-2

中国が沖縄に対する野心をムキダシにしたことで、日本人の多くは、何か「攻め込まれた」かのような感覚を覚えたに違いない。
あるいは「押し込まれる」とか「付け込まれる」といった言葉に置き換えてもよいだろう。
日本の権利が大きく侵害され、将来的に奪われるかもしれないという不安を覚えた人もいたことだろう。
しかし、その後の中国側の対応が急速に収縮していたことからも分かる通り、何かを失ったのは日本ではなく、中国である。
このことは冷静に認識しておく必要がある。


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外交という場面では、ある国が一方的に優勢で「攻めている」ように見えながらも、かえってそのなかで劣勢に転じる種を自らまいてしまうようなことがしばしば起きる。
中国が沖縄の問題に言及したことは、まさしくこのパターンの失策なのだ。
簡単な言葉に置き換えるならば、中国は日本を叩くことに夢中なあまり、逆に馬脚ばきゃくを現し、世界に自らの邪悪な正体をさらしてしまったということなのだ。
この視点で見れば、実は日本の持つアドバンテージは決して小さなものではなく、むしろ圧倒的だといえる。


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だが、意外なことに日本が持つその大きなアドバンテージについて、当の日本人自身があまりよく理解していないようにも感じられるのだ。
前述した日本のメディアの、「中国の地図には日本の領土として描かれている」とか、「毛沢東主席が沖縄は日本のものだと認めた」などという反論の仕方は、その最たるものといえよう。
繰り返しになるが、沖縄の帰属問題で重要なのは、第一次的には沖縄の人々の意思ということだ。
それを無視して「どっちがどれくらい権利があるか」などという議論をすることは、一歩間違えれば中国と同じ土俵で同じ価値観を戦わせることにもなりかねず、日本にとって得なことは何もない。


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では、日本はただ黙って中国のジャブを受け流すだけでよいのかといえば、勿論そういう話でもない。
つまり日本は、中国が決して上がってこられない土俵で、きちんと勝負を挑むべきなのである。
先に、沖縄の問題では日本に大きなアドバンテージがあると書いたが、それは日本では国民の、国民による、国民のための総選挙での投票という、自由選択が広く認められており、沖縄もその例外ではないということだ。


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沖縄と日本との間に、過去いかなる経緯があったとしても、現在の沖縄県民は、普遍的価値と考えられている民主主義的な普通選挙を通じて、自らの意思を国に伝え、国政に参加している。
もちろん選挙の中で「沖縄の日本からの独立」を争点に掲げて戦うこともできる。
そして大半の沖縄の人々は、決して強制されることなく、自らの意思によって自らを日本人だと”選択”している。
参政権とは、自らの意思を自由に表現できるものであり、13億の中国人民の、共産党員を除く94パーセントの人々には決して得られない(基層の人民代表を選ぶ権利などは認められているが)権利である。
こうした事実を前にすれば、地図の上でどちらがどう描いているか、毛沢東が過去にどんな発言をしたかといった事実などは、さしたる意味を持たない。



富坂 總 著  中国人は日本が怖い! から抜萃




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160609 「沖縄は中国のもの」という時代遅れの主張 3-3 

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「沖縄は中国のもの」という時代遅れの主張 3-3

もちろん、日本が沖縄を併呑へいどんする過程が相思相愛であったわけではない。
むしろさまざまな問題があったことは「琉球処分」など歴史の視点からも理解されている。
ただ、その問題は日本の歴史家もきちんと調査研究をして言及しており、政府も認識していることで、中国から指摘される筋合いではない。
ましてや日中間の未解決の問題などというのは、とんでもない飛躍である。
日頃、基地問題がらみで反政府的論調の強い、地元沖縄のメディアも同様の反応だった。


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以下は『沖縄タイムス』の中国に対する反応である。
〈明、清の時代に沖縄が中国と冊封さくほう朝貢ちょうこう関係にあったことは歴史的事実である。
文化の面で中国の影響を強く受けてきたのも確かだ。
日本の敗戦後、蒋介石率いる台湾が琉球の帰属を問題にしたのも事実である。
だが、そういう事実と、「沖縄は中国のもの」だと主張することの間には、千里の隔たりがある。
「沖縄を取り戻せ」という主張に至っては、礼節を欠いた暴言というしかない。
中国政府がこういう論文を「黙認」していることにこの国の危うさを感じる。〉(5月13日)


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怒りを隠せない様子がひしひしと伝わってくるが、それもそのはずである。
中国の主張には、当の「沖縄の人々の選択の意志」という最も重要な要素が完全に抜け落ち、沖縄がまるで一つの「モノ」であるかのように論じられているからだ。
まさに1世紀遅れた思想で、この試みは中国という国がいまだ植民地主義とか、帝国主義という時代遅れの思考から抜け出せておらず、そのことを全世界に向けて公言したような愚行だったのである。
沖縄の普通の人々にとってみれば、「誰が自ら進んで、そんな非人道的な国家に近寄りたいと思うのか?」というのが正直な気持ちだろう。


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この、中国の沖縄に対する理不尽な野心を受け、日本の多くのメディアでは「かつて毛沢東が沖縄は日本のものだといった」とか、中国が発行する地図には「はっきりと沖縄を日本の領土として描いている」などと報じる姿勢が目立ったが、実はこの問題で重視されるべき焦点はそんなところではない。
尖閣諸島の問題では、過去に地図上でどう描かれてきたかとか、国際法上どのように権利が主張できるのか、また現状での実効支配の状態がどうであるかといった要素が、重要な意味をもつ。
しかし、中国がひとたび「沖縄も・・・・」と言い出した瞬間から、問題はまったく異質なものに変容してしまう。


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沖縄と尖閣の最も大きな違いは、そこで「住民」が生活しているかどうかということだ。
いまさら指摘するまでもないことだが、沖縄には、古来そこで歴史を紡いできた人々がいる。
そして、沖縄の帰属という問題ーそんな問題があるとしてということだがーがあるとすれば、現代ではその選択・決定ができるのは唯一、沖縄の住民だけなのである。
『沖縄タイムス』が、沖縄がたどった「歴史」と、中国が「沖縄は中国のもの」だと主張することの間には、〈千里の隔たりがある〉といきどおったのは、この点への配慮が微塵みじんもない中国の論理展開に対し、強い嫌悪を感じたからにほかならない。


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浮かび上がってきたのは、中国がいまだに帝国主義的な古い価値観から抜け出せないまま、戦後を過ごしている国だという、どうしようもない事実である。
中国は、口でこそ「話し合いを重視する」とか「平和を愛する国民」だとか「人権重視」などと主張しているが、やはり根本のところでは、力こそが二国間関係を規定する最も重要な要素であると考えていることを露見させたのである。
つまり、西側社会に普遍的に存在する価値観を理解する国ではなく、都合に応じてそれを簡単に踏みにじることのできる国だということを、世界に知らせてしまったのである。


富坂 總 著  中国人は日本が怖い! から抜萃





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160607 「沖縄は中国のもの」という時代遅れの主張 2-3 

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「沖縄は中国のもの」という時代遅れの主張 2-3

いま読み返してみても、その論理は粗雑で、身勝手な牽強付会けんきょうふかいという印象だ。
しかし、こうした議論がにわかに中国国内で盛り上がるのはまだしも、日本人が衝撃を受けたのは、党中央機関紙がこうした理屈をまともに報じたことだろう。
それにより多くの中国人が「政府のお墨付きを得た」と受け止め、それまでは中国でもどちらかといえばキワモノ扱いされてきた「沖縄も中国のもの」という主張がオーソライズされてしまったのである。


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中国政府の見解と受け取ることのできる外交部スポークスマンの発言でも、人民日報の記事に抗議をした日本政府に対し、「記事は研究者が個人の資格で執筆したもの」としながらも、「中国は日本の申し入れや抗議は受け入れられない」とこれを一蹴。
さらに記者から「沖縄は日本の一部だと認めるのか?」と問われると、こう答えている。
「琉球と沖縄の歴史は、学術界が長い間注目する問題である」


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このあたりの中国外交部の答弁は実に巧妙である。
国際社会の反応によっては「沖縄」を領土問題化する道もちゃんと残しているのだ。
いずれにせよ中国内の反日勢力が、これによって勢い付いたのはいうまでもない。
中国メディア界における対日強硬派の代表、『環球時報』がこれに続いた。
『人民日報』が社会科学院の一研究者の主張として、沖縄は中国の属国であり、「再提議のときだ」としたのに対して、『環球時報』はもう一歩踏み込んで、(中国が)領有権を主張する可能性を示唆。
そのロードマップを具体的に三段階で描いてみせた。


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〈(琉球問題を未解決の懸案とするための)第一段階として、まず民間に琉球問題に関する研究機関を設立し、そこで討論させ、その成果として日本が琉球を不法に占拠したという歴史を世界に向けて発信し普及させる。
次に第二段階として、日本の反応を見ながら中国政府としての公式な立場を決める。
そして第三段階として日本が中国に敵対的な態度をとるならば、中国が力を発揮し、沖縄の中に”琉球復活”の勢力を育てる〉


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領土収奪の陰謀を、政府系のメディアにこれほど堂々と主張されてしまうと、もはや言葉を失うしかない。
日本側もこうした事態を想定していなかったのか、会見で問われた菅義偉すがよしひで官房長官は、「まったく筋違いという以外の何ものでもないと思いますよ」と、戸惑いが隠せないような様子だった。
また、勝手に名指しされた沖縄も、不快感を隠そうとはしなかった。
沖縄県の仲井眞弘多なかいまひろかず知事は、「不見識の一語に尽きる。官房長官の発言に100%賛成だ」と語気を強めた。
海を越えたアメリカでも反応があり、国務省のベントレル副報道官代行が、「アメリカは沖縄に対する日本の主権を認めている」とやんわりと中国をけん制した。



富坂 總 著  中国人は日本が怖い! から抜萃





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160603 「沖縄は中国のもの」という時代遅れの主張 1-3 

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「沖縄は中国のもの」という時代遅れの主張 1-3

2013年5月9日、日本の全国紙が北京発のニュースとして「沖縄の帰属問題」を一斉に報じた。
記事はこの前日、中国共産党中央機関紙である『人民日報』が報じた内容をそのまま引用した、いわゆる転電だった。


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〈中国共産党機関紙、人民日報は8日付で「歴史的に未解決の琉球(沖縄)問題を再び議論できる時がきた」と主張する論文を掲載した。
党・政府の見解を示す同紙が沖縄の帰属を未解決と断じ、中国の領有権を示唆したのは初めて。
沖縄の帰属を持ち出し、尖閣諸島を巡る問題で日本をけん制する狙いがある。
執筆した社会科学院の研究者らは「琉球は明清両朝の時期、中国の属国だった」とし、日本が武力などで併合したと強調。
1994〜95年の日清戦争後の下関条約に関し「(敗北した)清政府に琉球を再び問題にする力はなく、台湾と付属諸島(尖閣諸島を含む)、琉球は日本に奪いさられた」と主張した。
中国政府は従来、沖縄を日本領と認めてきた。
だが、外務省報道官は8日の記者会見でこれに言及せず「琉球と沖縄の歴史は学術界が長く注目する問題」としただけだった。(以下略)〉(日本経済新聞)


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第1報に接した日本人の中には、驚いた人が少なからずいたはずである。
中国がそこまで厚かましい考え方をしているという衝撃がまず襲うであろうし、一方では、日本人は沖縄が日本領であることを疑ったことなどないからだ。
現在の国際常識に照らしてみても、中国の主張がまったく荒唐無稽で非常識なものであることは疑いないのだが、初めて聞かされる日本人にとっては、それなりにインパクトのある問題提起だったに違いない。


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だが、中国の「反日」言論と少なからず付き合いのある私にとって、「沖縄も中国のもの」という主張は「聞き飽きた」という次元の話であり、日中の歴史問題をめぐる議論でも、古くて新しいテーマというほどのものですらない。
事実私は、前述した拙書『苛立つ中国』の中で、今回『人民日報』紙上で社会科学院の研究者たちが展開した内容と、ほとんど同じ主張をした北京大学の歴史系教授の話を紹介している。


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その教授、徐勇氏と会ったのは中国における反日活動家たちの集まりで、2003年に7人のメンバーを尖閣諸島の魚釣島に違法上陸させた中国民間保釣連合会のリーダー・童増氏の紹介によるものだった。
以下に『苛立つ中国』で触れた「沖縄問題」のさわりを抜粋する。


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〈(前略)私が話を聞いていて最も驚いたのは、領土問題に関して徐氏が抱く日本への不満は尖閣諸島にとどまらないことだった。
徐教授は語る。
「現在、琉球は沖縄として日本の県の1つになっていますが、これも非合法だと私は考えます。
歴史を詳細に検討すると、あそこは日本の領土ではないんです」


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徐教授の主張は、日本が現在沖縄を領有していること自体が違法だということだが、実は、中国ではこの考え方をさらに進めて、沖縄でさえも中国の領土であるとする主張は意外に多く聞かれるのである。
少し長くなるが、中国人の考え方の一端を知るには非常に都合がいいので、徐氏が沖縄について言及した部分をできるだけ多く紹介しよう。


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「魚釣島の問題は、琉球の問題とも深く関係しています。この点は私が特に強調しておきたいことです。琉球諸島は現在、日本の1つの県です。
中国政府もかつてこれを承認しています。
しかし、私個人が詳細に研究した結果、この帰属には問題があることが分かったのです。
琉球諸島は歴史的に見ると日本に属していたとはいえません。
何より琉球は中国との関係のほうがより緊密で、それは日本以上でした。
琉球はかつて、あるレベルでの独立した王国でしたが、中国とは良好な関係を保っていたのです。
日本に徳川幕府が開かれると、鎖国政策が布かれましたが、その例外として2つの通商国と2つの通信国が定められていました。
琉球王国はその例外の1つです」


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主張はさらに続く。
「当時、中国とオランダは通商の国、朝鮮と琉球が通信の国という関係でした。
つまり、そのころの琉球と日本は通信の関係だったのです。
それに対して中国は琉球を属領としていたのです。
1879年、日本は『琉球人遭難事件』をきっかけに琉球を占領し、琉球の国王を日本に捕虜として連れ去ってしまいました。
そして、警察官を琉球王国に派遣し、ついには占領してしまったのです。
琉球王室の1部は祖国を離れ、当時の清朝の首都である北京に流れてきました。
調べて分かったことですが、北京に着いた彼らは、琉球人の習慣に基づいて、小麦粉を使った琉球式の『お焼き』を作り、この琉球式『お焼き』の伝統的な作り方を北京に伝えたのです。
これは、彼らが故郷を思う気持ちを表したものです。
日本は武力によって琉球を滅ぼし、琉球の領土を呑み込んでしまいました。
しかし、琉球人の心はやはり中国人との方が親密だったといえるのです」(以下略)〉





富坂 總 著  中国人は日本が怖い! から抜萃




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