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160225 日本人からは高くとって当然? 

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第2章 恨を楽しむ人びと

日本人からは高くとって当然?


多くの日本人が、韓国は反日感情が強いとはいえ、そこは礼を重んじるお国柄、お客さんに対してはまさかそうした感情をぶつけることはないだろうと考えている。
最近、まさしくそのように考えて韓国旅行をしたという、ある日本人の読者から、こんな手紙をいただいた。


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ソウルの町を見物しながら歩いていると、「靴を磨きませんか」と日本語で親しげに声をかけられたので、土産話にとやってもらうことにした。
ところが、靴磨きが終わると、最初に言った値段よりも数倍も高い値段を要求してくる。
彼は、「そんなおかしな話はない」と言いながら、あくまで最初に相手が言った値段で支払おうとして口論となった。
すると、いつとはなしに仲間の者たちがまわりに集まってきて、いかにも暴力をふるうような態度を見せる。
驚いていると、一人の靴磨きが割って入って、口々に叫ぶ仲間を押し止めながらも、彼に対してこう言うのである。


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「いいじゃないか、あなたたちは過去に悪いことをしたのだから、そのぐらいは当然だろう」
彼は、「観光に行ったのになんであんな失礼な態度をとるのでしょうか。韓国は『東方礼儀之国』ではなかったですか」と、その憤懣ふんまんを書き送って来たのだった。


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そこで、日本に文化と言えるものはない、すべて中国と韓国から入ったものを単に整理したのに過ぎない、文化を渡して上げた韓国に感謝すべきではないか―すぐにそういう言葉が口をついて出てくる。
つい最近も、そのままの決まり文句を言う韓国の大学教授と日本の作家とのぶつかり合いが、日本の雑誌で大きく取り上げられていた。


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日本が経済発展を遂げたのは朝鮮戦争のおかげであり、陶磁器の発展も豊臣秀吉の「朝鮮侵略」で多くの陶工を略奪していった結果であり、日本は韓国のよい文化をすべて取り上げていったとは、自らの歴史をかえりみようとはしない韓国人の、きまり文句のひとつである。
これが、戦後の反日教育の結果、パターン化されていった言い方であることははっきりしている。


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現在の多くの韓国人には、経済発展が遅れた自らの側の原因、陶磁器の伝統を引き継いで発展させることができなかった自らの側の原因を探ろうといった姿勢は、まったくと言ってよいほどみることができない。
そこでは、現代韓国人にとっての日本は、憎むべき相手というよりは、自分の責任を棚上げにしておいて、責任を他に転嫁てんかするさいの格好の対象となってしまっている。


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呉 善花 著 「続 スカートの風」から抜萃



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160222 韓国人は日本人をうらんでいるか 

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第2章 恨を楽しむ人びと

韓国人は日本人をうらんでいるか


個々人というよりは、韓国人一般の反日感情の質は、過去に日本の侵略を受けていかに苦しい目にあわされたかという、先祖あるいは民族の苦痛に対するものとしてある。
これを「うらみ」だと理解する日本人が多いのだが、うらみというよりは、憎しみだと言った方が近い。
したがって、相手に復讐して積年の怨恨を晴らそうという性質のものではまったくない。


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また当然のことだが、韓国人特有の、自分をみじめな位置に置いて、そうした状況にある自分を「恨嘆」するものでも、タリョンのような性質のものでもない。
不幸な自分の運命を嘆くときの、あてどころのない恨ではない。


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韓国人の反日感情は、もともと彷徨さまよえる自らの運命に対する恨が、自らの国家の運命と重なることによって、日本という具体的な対象を獲得したーーそこに出発するものだと思う。

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この感情の内容を素描してみれば、日本人は韓国人を、野蛮なやり方で痛めつけた憎むべき悪人だ、だから彼らは道徳的に私たちの下に立つべき者たちだ。
そのことを彼らが忘れないように、常にはっきりさせておかなくてはならない。
彼らがそれを受け入れなければ、容赦ようしゃなく攻撃するべきである、といったものになるだろう。


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韓国人であればだいたい、初めて会った日本人には、まず日帝時代のことを頭に浮かべ、機会をつかんで、ひとことでも国のために何かを言っておきたい気持ちを強く持っている。
たとえば、韓国駐在のある日本人ビジネスマンの奥さんが、帰国してから私にこんな話をして憤慨ふんがいしたことがある。


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あちらで韓国製の自動車を買ったのだがすぐに故障してしまった。
彼女はとてもうまく韓国語が話せるので、自ら故障の状態を販売店に説明してなおすように言ったのだが、いつまでたってもなおそうとしない。
そこで、ソウルの「消費者センター」へ相談に行った。
そのとき、窓口の者にこう言われたという。
「あなたは日本人か、ならば、あなたにそんなことを言う資格はない。日帝36年の支配で、日本人は韓国人に対して悪いことをたくさんやって来たではないか、まずそのことを謝罪すべきであるのに、韓国人を非難するような言い方は許すことができない」
いまにして思えば、私もこういう決まり文句をずいぶんと口にしたものだった。


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韓国人にとっての日本人は、常に自分たちに許しを乞うべき者であり、常に自分たちに対して下の方に位置することを忘れてはならない存在なのだ。
そこで、「下にいるべき者が下にいること」を教えてやらなくてはという欲求が働き、機会をとらえては「日帝36年云々」がでてくることになるのだ。


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呉 善花 著 「続 スカートの風」から抜萃




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160215 恨が対象を持ったとき 

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第2章 恨を楽しむ人びと

恨が対象を持ったとき


女が結婚して苦労すれば、それはいい夫に出会えなかった自分(の運命)に対する恨になり、経済力も権力もないのは、能力を持てない自分(の運命)への恨となる。
このように、恨は元々は、何か具体的な対象かあって感じるものではなく、生きることそのものに感じる、欠如の感覚だと言ってよいと思う。したがって、その原因を運命とみなして、ただただ自分自身を嘆くのである。
そこでは恨は、自分自身に対する深いコンプレックスに変わってゆく。


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このように、恨はその対象があいまいなのだが、それだけ、対象を求めて彷徨さまようものだとも言える。
そして、具体的な対象との出会いを持つことがなければ、恨はそのまま自らの運命に対する嘆きとして、自分の内面に向けて表現されるのである。


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一方、恨が具体的な対象を獲得することかある。
たとえば、個人生活が苦しいのは税金が高いためだと感じるとする。
それは、政治家の無能力のためであるし、それが個人生活にまで及んでいると考えられれば、自分を不幸にした対象がはっきりする。
そこでは、恨は「政治家」という具体的な対象を獲得することになる。
自分の恨が何によって固まるかが見えていることが、自分の運命を嘆く恨とは異なっている。


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もちろん、本当に政治家が悪いのかどうかは別の話である。
したがって、次のようなプロセスで、恨の対象が日本になってもくる。
自分が貧乏なのは韓国の経済発展がうまくいかないせいだ。
それは、朝鮮戦争が起きて多くの被害を受けたからで、そのため今日でも国防に多くの費用が費やされているからだ。
その根本の原因は南北分断をもたらした日本にあるーーー。


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このように、それが正しいか正しくないかは別にして、今日の不幸の原因をあてはめられるはっきりしたいしがある場合には、その対象に対して攻撃できるので、ストレスを解消することができ、それが自分自身のコンプレックスへと変化してゆくことはない。
そさでは、攻撃を続けている限り、恨が外に向けて表現されるからである。


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呉 善花 著 「続 スカートの風」から抜萃




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160204 政権危機と対日強硬姿勢の関係 

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第12章 反日政策と従軍慰安婦

政権危機と対日強硬姿勢の関係


盧泰愚政権を経て始まった金泳三以後の韓国文民政権は、初期には「未来志向」を掲げて比較的穏やかな対日姿勢を見せながらも、2年目前後から一転して強固な反日姿勢・反日政策に転じていく、といったことを繰り返してきた。
こうした対日強硬姿勢への転換は必ず、国内政策がうまくいかずに政権批判が高まり、政権危機が訪れたときに起きているが、李明博政権もまたその例外ではなかった。


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2011年の春先から李明博政権は、日本でも「任期4年目を迎えて、物価高と口蹄疫、南北問題など相次ぐ難局で政権危機に置かれている」(2011年3月3日朝日新聞)と報道されたように、深刻な政権危機に突入していた。

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『東亜日報』がコリア・リサーチに依頼した3月時点の世論調査では、翌年の総選挙(4月)と大統領選挙(12月)では、48パーセントが「これまで支持してきた候補にではなく他の候補に投票する」と答えている(2011年3月31日東亜日報)。
政権与党ハンナラ党は、すでに前年6月2日の統一地方選挙で最大野党民主党に大敗していたが、この年の4月27日に行われた国会議員らの補欠選挙でも惨敗を喫していた。
政権支持率は5月、6月には20パーセント台にまで下落した。


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こうした政権崩壊の危機に直面し、李明博政権もまた先に示したように、2011年8月末頃から一転して対日強硬姿勢を示すようになっていったのである。
この転換以降、政権支持率は次第に回復へと向かっていった。
事実、2012年総選挙前の政党支持率を見ると、2月27日〜3月2日の世論調査では、与党セヌリ党(旧ハンナラ党)、最大野党民主統合党(旧民主党)の支持率はともに36.3パーセントとまったくの拮抗状態にあった(リアルメーター実施の世論調査)。
以後、3月末頃からセヌリ党支持がわずかながら民主統合党支持を上回るという流れで選挙へ突入している。


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こうして2012年4月11日、韓国総選挙が行われた。
セヌリ党は劣勢の予想をはね返し、辛くも単独過半数を維持して勝利を飾った(300議席中152議席/民主統合党は127議席)。
勝利を決定づけたのは、北朝鮮が選挙のひと月ほど前の3月16日、金日成生誕百周年にあたる4月15日前後に、事実上の弾道ミサイルである「人工衛星」を打ち上げると発表したためだったかもしれない。
これによって、民主統合党よりも北朝鮮に対して強い姿勢を示してきたセヌリ党への期待が高まったことは確かだろう。


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それでも、賠償請求権をめぐっての対日強硬姿勢への転換がなければ、政権支持率は低迷したままで推移し、単独過半数を得るほどの勝利はなかったはずである。
これで与党セヌリ党は、12月の大統領選挙勝利へ向けて大きな一歩を踏み出すことができたのである。


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呉善花著 「韓国併合への道 完全版」から抜萃



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160201 「従軍慰安婦」問題の再燃 2-2 

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第12章 反日政策と従軍慰安婦

「従軍慰安婦」問題の再燃
2-2

それまで沈静化していた賠償請求権問題だったが、この時期にあたって政府が政治力を行使し、急遽記念碑の設置を実現させたものとみられる。
同年12月に設置された記念碑は、「従軍慰安婦」を象徴する少女の像の隣に空席の椅子が並ぶデザインで、「平和の碑」と名付けられた。


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9月20日、韓国外交通商部報道官は、ニューヨークで翌21日に開かれる野田佳彦首相と李明博大統領の日韓首脳会談で、「従軍慰安婦」の賠償請求権をめぐる問題に言及する予定だと述べた。
9月21日、日韓首脳会談で「従軍慰安婦」問題への言及はなかった。
しかし韓国政府はその一方で、10月の国連総会第三委員会(人権)で、「従軍慰安婦」の賠償請求権を認めるよう働きかけることを決定していた。


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10月11日、国連総会第三委員会で韓国政府代表は、「従軍慰安婦」問題に言及し、「戦時の性暴力の被害者」について、国連と全加盟国に救済と償いの努力をするよう求めた。
これに対して日本側は「第二次大戦に関する賠償、財産、請求権の問題はサンフランシスコ講和条約と日韓の二国間条約で法的に解決されている」と主張したが、韓国側は「日本政府に法的責任はまだ残っている」と反論した。
こうして、「従軍慰安婦」問題をめぐる韓国世論が再燃し、毎週水曜日の在韓日本大使館前で抗議活動などが活発化していった。


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12月17日には、日韓首脳会談のために日本を訪れた李明博大統領が、大阪での在日本大韓民国民団の会合に出席した際に、日本側に「従軍慰安婦」問題の早期解決を求める考えを示している。
2012年に入ると、2月17日に韓国政府は駐日大使を通して、日本政府が「従軍慰安婦」の賠償請求権問題について日韓協議に応じないならば、韓国政府は仲裁委員会の設置を日本に求めると、さらに強硬な姿勢を示した。
また3月1日の「3・1独立運動」記念式典で李明博大統領は演説のなかで、日本政府に対して「従軍慰安婦」の賠償請求権問題の早期解決に向けた努力を強く促している。


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呉善花著 「韓国併合への道 完全版」から抜萃






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