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140729 東京の防災訓練が「軍事演習」に 1 

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北京の若者たちが、もっとも愛読する新聞の一つに、全国的にも有名な「北京青年報」がある。
この新聞は、「環球週刊」のタイトルで週1回の特集紙面をつくり、世界中で起きた注目すべきニュースを、解説付きで報道している。
2000年9月7日の「環球週刊」は、その数日前の9月3日に東京で行われた地震防災訓練を、「世界中の注目すべきニュース」として、3枚のカラー写真付きで大きく報道した。

北京の一新聞が、東京で行われた防災訓練の一つにそれほどの関心を持つのは一見奇妙なことであろうが、実はこの報道は、日本の自衛隊が訓練に参加したことから「軍事演習」のにおいを嗅ぎ取り、それを日本における「軍国主義復活の象徴」として捉えたのである。


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この特別記事を掲載した紙面には、訓練に参加した自衛隊員の姿や,装甲車の写真を大きく載せると同時に、日本のスポーツ新聞がよく使うような大きな文字で、「防災訓練か、それとも軍事演習か」という見出しをつけている。

その下に、報道内容の概要が次のようにまとめられている。
「9月3日、東京都は、有史以来最大規模の防災訓練を行った。7100名の自衛隊員が陸・海・空の重装備で、この大規模な訓練に参加したのである。それによって、今度の防災訓練は強烈な軍事的意味合いを帯びるようになり、日本の民衆はそれに対して深い憂慮の念を抱いている。ある左翼人士はそれが実際に一つの軍事演習であり、軍国主義復活の象徴であると率直に指摘している」


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この報道概要からみると、今度の防災訓練に7100名の武装自衛隊員が参加したことで、実際には軍事演習ではないのかと批判する根拠になっている。
つまり、自衛隊参加の防災訓練イコール軍事演習というのが、この批判報道の論理なのだ。

しかしそれは、いかにも奇妙な論理である。
というのは、軍隊が防災に動員されることは、世界中のどこの国においても普通に行われている正常な政府活動の一つである。
平時の防災訓練に軍隊が参加するというのはごく当然のことであり、わざと騒ぎ立てるほどのニュースでも何でもない。


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現に、中国の人民解放軍も国内の防災訓練や災害救助に動員されることがよくあるが、この『北京青年報』から「防災訓練か、それとも軍事演習か」と問われたことは一度もない。
しかし、日本の自衛隊のこととなると、それがすぐさま問題視されてしまうのである。



石 平 著 私はなぜ「中国」をすてたのか から抜粋


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140726 「日本人は生まれながらにして悪魔」2 

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もちろん、そのような「日本悪魔」の観念は、現実の日本という国の実態とは何の関係もない。
中国国内で勝手に作り上げられた、一つの空想、虚像にすぎない。
しかし、学者先生や識者の言うことなら素直に信じてしまうという風習が昔から強い中国では、どんなデタラメであっても、それが学者や著名なジャーナリストの「ご著書」という形で「教示」されると、普通の国民はそのまま受け入れてしまうのである。
そして、このような「日本悪魔」の観念をさらに肉付けて全国民に広く浸透させたのは、党の宣伝機関としてのマスメディアである。
中国のマスメディアが日常的に展開している反日的宣伝活動を一つ一つ取り上げれば、10冊の本を書いても足りないくらいだが、ここでは一例だけ次に挙げてみよう。



石 平 著 私はなぜ「中国」をすてたのか から抜粋


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140724 「日本人は生まれながらにして悪魔」1 

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集めてきた資料を、まとめて検証していく作業を何度も繰り返しているうちに、真相が徐々に分かってきた。
中国において、真っ赤な大ウソと悪意の捏造を内容とした国家規模の反日宣伝と教育が、一つの統一された主題と台本に基づいて、学界やマスメディアを総動員する形で組織的に行われてきたのである。
それは一体どういうものだったのか。

私が2002年1月に出版した処女作の『なぜ中国人は日本人を憎むのか』(PHP研究所)において、その詳細について詳しく検証したが、ここでは、いくつかの実例を挙げてみる。


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上海にある一流大学の研究者は書物を著して、「日本はもっとも危険な軍国主義国家である」と論じ、全書を通して、「野獣」とか「悪魔」といった言葉を乱発して日本批判を行った後に、「野獣はいつの日か必ず人を喰う」との結論に達している。
中国人学者による超真面目な「日本野獣説」である。

ある著名なジャーナリストは『野心と密謀』というタイトルの著書において、「日本人は侵略民族」であると断じる。
なぜなのかといえば、日本民族は従来、その「島国根性」から生じたところの「残忍な侵略根性」を持っているからだと、彼は言う。


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ある政府系研究所の所長先生は、日本人の「偏狭心理」こそ「軍国主義精神の根源」である、との「研究成果」を全国に向けて発表したが、その論文の中で、「このような偏狭心理に支配されている日本民族は、野蛮的・凶暴的・貪欲的となっている」と、学者の口から出たとは思えないほどの、赤裸々な人種差別論を堂々と展開しているのである。

以上はほんの一部の実例であるが、中国で出版された日本関連の書籍を一度読んでみれば、そのほとんどが、まさにこのような偏見と悪意に満ちた独断的な論述を特徴としているのが分かる。


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その立論の共通点といえばすなわち、日本という国、あるいは日本という民族を、生まれつきの「侵略本能」を持つ悪魔のような存在として描くこことである。
そして、まさにそれらの尊敬すべき学者先生やジャーナリストたちが発したデタラメな「論述」によって、一つの「偏狭」で「残忍」かつ「野蛮」で「凶暴」な「侵略民族」としての「日本悪魔」の観念が出来上がるのである。



石 平 著 私はなぜ「中国」をすてたのか から抜粋


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140719 80年代に存在した温かい対日意識 3 

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それは一体なぜなのか。
1997年以来、帰国するたびに、わが中国人民の日本に対する激しい憎しみの嵐に遭遇し、あたかも日本人の身代わりとなったかのように、日本批判の砲撃に身をさらされた私は、困惑は驚愕の後に、それを真剣に考えるようになったのである。

もちろん、その10年間、日本の中国に対する姿勢には、別に何の変化もない。
日本人と日本という国が、中国に対して何らかの悪事を働いた記録は、まったくない。
むしろその代わりに、その10年間において、日本はわが中国に対して、たいへんありがたいODA援助を毎年莫大な金額で提供し続けてきたのである。
だとすれば、時が80年代から90年代へと変わってからの、日本に対する、中国人の姿勢と感情の急速な悪化は、その原因がけっして日本にあるのではなく、むしろ中国自身にあるのは、明々白々なことなのである。


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その原因は、一体何か。
それを探るために、私は中国滞在中には、仕事以外の時間を利用して、日本に関する中国国内の出版物や、新聞記事などをできるだけ集めて読みあさった。
そして、私の目の前に現れてきたのは、一つの恐ろしいほどの異常な反日宣伝と、反日教育の世界なのであった。



石 平 著 私はなぜ「中国」をすてたのか から抜粋


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140717 80年代に存在した温かい対日意識 2 

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1984年3月、当時の中曽根首相が北京訪問中に、日本の首脳として初めて、北京大学を訪問して公演を行ったことがある。
その時、私も4年生として在学中だったが、若者たちは実に温かい気持ちで、この日本の首相の来訪を迎えたことを、今でも覚えている。
彼の来訪に合わせて、日本語学科の学生たちは、全校向けの「日本週間」と称するイベントを開催して、日本のことを色々と宣伝していた。
会場に出かけてみると、人が溢れるほどの盛況ぶりであった。
ちなみに、私はまさにこのイベントへの参加で、日本に興味を持つようになったのである。
そのイベント内容は、心からの親近感と好感を込めて、日本のことを熱烈にアピールしたものである。
つまりその時代には、私たち大学生も多くの中国国民も、決して日本を憎んだりなんかしていないし、決して反日感情というものを持っていなかった、ということである。
ましてや、日本を「原子爆弾一つで抹殺する」とか、「東京大虐殺を一度やろう」といったような恐ろしいことを、誰も頭に浮かべていなかったはずだ。


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だとすれば、ここに問題がある。
私が90年代の後半に帰国した時に出会った多くの「反日青年たち」は、自分たちがそれほどまでに日本を憎んでいることの原因が、過去の戦争における日本軍の「無道」や「殺人」にある、と口を揃えて語ったが、もし彼らの言う通りであれば、実は彼らの世代よりも80年代の私たちの世代の方が、もっと日本をことを憎んでいてもいいはずではないか。


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なぜなら、90年代よりも、その10年前の80年代の方が、過去の戦争への記憶がより鮮明で、より強かったはずだからだ。
だが、事実はまったくその反対である。
80年代の私たちは、日本に対してむしろ好感と親しみを持っていた。
それなのに、その10年後の90年代後半になると若者たちと多数の中国人民は、一転して激しい反日感情のとりことなっていたのである。



石 平 著 私はなぜ「中国」をすてたのか から抜粋


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140715 80年代に存在した温かい対日意識 1 

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80年代といえば、それは中国にとっての「改革開放」時代であった。
経済の立て直しという政権にとっての至上命題を成し遂げるために、鄧小平の「改革開放」路線が強力に推進されてきたが、その成功の決め手となるのは、言うまでもなく,海外からの技術と資金の導入である。
そして「幸い」なことに、中国の隣国には、日本という世界のトップレベルの経済大国、技術大国があった。
当然のごとく、日本は中国の最大の「友好国」にされてしまった。
官民を挙げて、日本との交流を全面的に推進することが国策となった。
同じ「東洋人」としての親近感もあって、「日中友好を発展させよう」「日本に学ぼう」が、合言葉として流行っている中、いわば「日中友好」は、その黄金時代を迎えたのである。


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その中で、私たち若者を含めた中国国民の大半は、日本に対して「憎しみ」を持つよりも、むしろ多大な好意を寄せて親しみを感じていた。
今でも鮮明に覚えているが、たとえばその時代、日本で活躍していた高倉健、中野良子、栗原小巻などの俳優は、この中国においてもそのまま、「国民的」なアイドルとなっていた。
かの伝説の大物歌手、女優の山口百恵といえば、中国人ならその名前を知らない人がほとんどいないというほどの人気だった。
ちなみに高倉健についていえば、私自身は「恨み」さえ持っている。
というのは、彼の出現によって、いわゆる「長身にして無口な男」というのが、一時、中国の若い女性の憧れの「理想的男性像」となった。
そのお陰で、「背が低くて口達者」な私のような者は、80年代を通して女の子たちから見向きもされなくなったのだ。
これは半分、冗談でもあるが、その時代の中国国民の対日意識と日中関係の雰囲気は、確かに好意に満ちたものであった。



石 平 著 私はなぜ「中国」をすてたのか から抜粋


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140709 「原子爆弾で日本を滅ぼせ」2 E-620 

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しかし一度だけ、勇気を出して聞き返したことがある。
「あのー、皆さんはどうしてそこまで日本のことを憎んでいるのでしょうか」と。
そうすると、皆はいっせいに黙ってしまい、狐にでもつままれたような目つきで、私の顔を見つめているのである。
おそらく十数秒の沈黙が続いた後、満座の中の一番の年長者がゆっくりと口を開いたのである。
「どうして憎むかって、君は知らないのか。当たり前のことだよ。抗日戦争中に、日本人は、この国でどれほど無道なことをやったのか、どれほどの中国人を殺したのか。中国人なら日本人を憎まないはずがないじゃないか」と、厳しい口調で語る。


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「しかしそれは過去のことで……」と、私は反論を試みようとする。と、その途端、相手の顔色が急変して、雷が落ちたのである。
「過去じゃない。現在だ。現在の日本のことを言っている。日本は軍国主義を復活しているじゃないか。もう一度中国を侵略しようとしているじゃないか。君はどうして分からんのか。君は日本に住んでいるんだろう。どうして真実を見ないのか!」
その年長者の憤りの半分が日本に向かっていて、残りの半分が、実はこの私に向かっていることは、すでに分かっていた。
結局その日、口実を作ってさっさと退散したのは私の方であった。


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彼らの言っていることを、私はまったく理解できなかった。
私がこの目で見た日本の”真実”は、むしろその正反対だったからだ。
「日本は軍国主義を復活している」というのも、「もう一度中国を侵略しようとしている」というのも、まったくの事実無根である。
過去の戦争において、日本軍のやった「無道」や「殺人」を日本憎しの理由に持ってくる彼らの言い分にも、まったく納得できない。
というのも、もし戦争中の日本軍の残虐行為が、こうした日本憎しの感情を作り出した原因であれば、終戦からずっと今日にいたるまで、わが中国人民は日本のことを憎み続けてきたはずである。しかし、事実は決してそうではなかった。
私たちの世代でいえば、子供時代から日本のことをすごく憎んでいたという覚えは、まったくない。
むしろ、大人になってからの80年代を通しては、日本に対する憧れと好意が、一種の風潮となり、いわゆる「日中友好」の時代を実際に体験した世代なのである。



石 平 著 私はなぜ「中国」をすてたのか から抜粋


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131008 Panasonic DMC-LX7の色 

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コンパクトカメラだが、明るいレンズを活かしてバックをぼかすことができる。


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140703 「原子爆弾で日本を滅ぼせ」1 Panasonic LUMIX DMC-Lumix DMC-G1 

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中国でよく出会ったのは、たとえば、次のような場面である。
食事会とかの社交の場や友人同士の集まりなどで、私という「日本帰り」が同席していると、必ず一度は話題が「小日本」のことに移っていく。
たいていの場合、私に対する質問から話が始まる。
「日本での生活はどうですか、たいへんでしょう」
「日本人によく虐められているのでしょうか」
「留学生は皆、小日本のことを憎んでいるのでしょうね」
といった質問が、まず飛んでくる。

答えに窮した私の顔を見て、皆は物わかりのよい微笑みを浮かべながら視線をそらして、「質問攻め」を打ち切る。
が、今度は彼らの間で、日本への罵倒合戦が炸裂するのである。


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「あんな国、絶対許せないわ。昔から悪いことばかりやっている」とAさんは憤懣する。
「そうだよね。侵略戦争で、どれほどの中国人を殺したか」と、Bさんが相槌を打つ。
「だから俺が前から言っているさぁ。原子爆弾でも何発か使って、日本を地球上から抹殺すべきだ」と、C君は興奮して言い放つ。
「原子爆弾だけではダメだ。恨みを晴らすには、やはり1人ずつ殺した方がいい。今度、東京大虐殺をする時、俺の腕前を見せてやるぜ」と言いながら、D君は片手で人の首を切る仕草をしている。
「しかしね、日本人というとはそもそも進化が遅れている人種じゃないかしら。半分は人間で半分は豚なのね。やはり人類進化の不良品だわ」と、Eさんが皮肉たっぷりの「珍説」を展開する。
「そうしたらさ、今度日本に攻め込んで全員殺した後に、日本をそのまま、中国人のための養豚場にしようじゃないか」と、D君がわざと真面目な顔をして「提案」する。


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それで皆はいっせいに爆笑して、この場の「日本談義」が熱気に包まれながら、そのクライマックスを迎えるのである。
このような場面に立ち会わされると、彼らの「熱気」と「殺気」に圧倒されて、私はいつも黙って聞くだけである。
我慢して嵐の過ぎ去るのを待つしかなかった。



石 平 著 私はなぜ「中国」をすてたのか から抜粋


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