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140129 失望 

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’13/12/26 安倍晋三首相が靖国神社に参拝したことを、アメリカが「失望」したと表明したと新聞が報じた。
その後、新聞もTVも「失望」と報道しているが次のような記事があった。



’14/1/12付msn産経ニュースの上田和男氏の記事

米大使館のコメントは「Disappoint」(外交用語としては「心外」と訳すべきで、無関与を言外に秘めた用語です)と書かれており、もっと強い意味を持つ「Regret」(遺憾)とか、「Concern」(懸念)といった、抗議と関与を秘めた用語を使わなかったので、事実上は中立的発言ととらえるべきです。

 実際上、経済面で、また大量に国債を買ってもらっている中国に気を使った発言ながら、言外に日本に対しては、一番軽い表現で逃げているわけで、これを「失望」と訳して、大騒ぎしたのは、日本のマスコミ界の、英語能力不足と、あるいは意図的な“自虐指向”の仕業だと考えます(ちなみに、ワシントンからも、同じ“心外”の用語しか出ていません)。

 マスコミは外交問題と騒いでますが、目下世界に200カ国ある中の2カ国だけが大騒ぎし、ほかにせいぜい2、3カ国が、やや非難めいた声明を出しただけです。安倍首相の発言(平和を祈念してきた)を評価した十数カの国のことは無視し、さらに何ら声を発しなかった180カ国を度外視して、一体何が“外交問題”なのか、理解に苦しみます。


ーと、機械的な翻訳をもって記事にした日本のマスコミの取材力を嘆いています。


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140113 雪が降った X-E2 

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140127 1990年代以降の尖閣諸島の政治問題化 6 

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さて、2000年代の後半、再び、尖閣諸島をめぐる情勢が緊迫してくる。
2008年12月8日中国の海洋調査船2隻が尖閣諸島沖の領海を9時間半航行。
海上保安庁巡視船の警告と退去要求を無視し、魚釣島沖で1時間ほど停泊、同島の周りを時計回りに航行した(「産経新聞」12月10日)。

劉建超外務省報道局長は、8日の記者会見で「釣魚島は古くから中国固有の領土。中国の船舶が中国管轄の海域で正常な活動を行うことが非難される余地はない」と述べ(「共同通信」12月8日)、9日の記者会見でも「中国船の活動は完全に合法だ」とくり返した(「共同通信」12月10日)。

さらに10日の中国各紙は、孫書賢国家海洋局海監総隊副隊長が「領有権の争いがある海域では国際法上『実効支配』の実績が重要だという認識を示した上で『中国も(主張するだけではなく)管轄海域内で存在感を示し、有効な管轄を実現しなければならない』と語った」と報道したという(「共同通信」12月10日)。

私は、特に、この孫副隊長の発言には、仰天した。
もしも中国が本当に管轄権の主張を実力で示そうとするなら、行き着く先は、武力衝突の道しか残っていない、それが、この時の私の直感だった。

そういう背景の下で、2010年9月7日中国漁船の尖閣領海内航行と海上保安庁船舶への体当たり事件が発生した。
あまりにも多くが語られているこの事件について詳細はくりかえさないが、最も本質的と考える点を三つだけ述べておきたい。

第一に、なぜこの事件が起きたのか。
諸説あって決め手がない。
船長が酔っぱらってかたくなな指示を出したという説から、数日後にせまった東シナ海の油田の共同開発についての実質合意をぶちこわすために、中国内の対日強硬派がしかけたという謀略説まである(天児慧、金子秀敏「中国問題という憂鬱」『公研』2010年12月号所収)。
裏はとれていないが、結果的にはこの謀略説は、完全に成功したことになる。

第二に、日本側の基本姿勢が、鄧小平の遺訓を守り、尖閣諸島についてこれをさわらないという立場でいくのなら、民主党政権は処理の最初に致命的な間違いをした。
「国内法により粛々と処理をする」と言ったとたんに、尖閣に関する暗黙の了解はふっとぶ。
私が尊敬する外務省の先輩で中国問題について造詣の深い国広道彦元中国大使が「これは中国側がもっとも聞きたくない言葉だった」(国広道彦「強大化する中国との関係を考える」『霞関会会報』2011年6月号所収)と指摘したとおりである。
しかも、単に考え方を述べただけではなく、船長の長期勾留に向かって事態は実際に動き出した。
後は推してしるべしである。
度重なる抗議、交流の一斉中止、レアアースの輸出停止、商社員の身柄の拘束と、中国の国家意思が急速に顕示され、日本政府は、この圧力に屈したという印象を残して船長を釈放した。
最初の判断を間違えたのだから、この程度の悪印象はいたしかたがないと、私は思う。
このような事態が起きたのは、一に新政権が、尖閣問題に関する日中間の経緯に習熟していなかったからだと思う。

第三に、にもかかわらず、日本政府のこの不手際が、思いがけない新事態をひきおこした。
尖閣についての現状の擬制を守るために、中国がかけはじめた圧力の凄まじさである。
私は、民主党政権が、たとえ無様な姿であっても船長の釈放という形で事態を旧に戻さなかったら、何度目かのステップには、かならず軍艦がでてくるだろうと思った。
軍艦は、当初は威嚇のためにでてくる。
しかし、その威嚇が効果を持つためには、万一の場合は撃つということでなくてはならない。
2008年12月の海事当局の発言とあわせ読んで、私は、最も本質的な意味で、戦後が終わったと思った。

2010年9月7日、日本は、新しい時代に入ったのである。
憲法9条というイデオロギーで日本を守っていた時代は終わった。
外交の先に武力衝突がありうるという時代が始まったのである。
戦前の外交官は、戦争にならない外交のために命を懸けた。
この日以降、日本の外交は、再びそういう時代に入ったのである。

その後の日本の安保政策は、おおむねこのラインで進んでいる。
2010年の「防衛計画の大綱(NDPG)」が国防の重点を南方にシフトし、海上自衛隊の力を増強しているのは当然の動きである。

そしてまた、2011年8月24日、実効支配の跡を残さんとするかのように、中国政府の漁業監視船2隻が一部領海内を含む尖閣諸島周辺を航行(「産経新聞」8月24日夕刊)、9月25日には、尖閣諸島周辺の排他的経済水域で無届けの調査活動を実施した(「産経新聞」9月26日)。



保阪正康・東郷和彦 著  日本の領土問題 より抜粋




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140123 1990年代以降の尖閣諸島の政治問題化 5 

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そういう政治的なふんいきの中で、2004年3月24日、魚釣島に7名の中国人活動家が上陸、沖縄県警に拿捕され、那覇に連行されるという事件が起きた。
26日には強制送還という形で上海に送り返された。
小泉総理の靖国神社の参拝で日中関係の政治的雰囲気が最悪になりつつあるときではあったが、日本側の措置は事態の拡大をふせぐこととなったのである(村田忠禧『尖閣列島・魚釣島問題をどう見るか』、4ページ)。



保阪正康・東郷和彦 著  日本の領土問題 より抜粋




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140120 1990年代以降の尖閣諸島の政治問題化 4  

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更に2002年日本国政府は、尖閣諸島の大部分をその所有者から賃借する。
西牟田靖氏の調査によれば、以下のとおりである(西牟田靖前掲書、341-344ベージ)。

2002年10月、総務省は、魚釣島、北小島、南小島の所有者栗原国起氏から、これら三島を賃借した。
久場島(黄尾嶼)が、栗原和子氏(栗原国起氏の住所と同じ。栗原氏の母親と思われる)の所有として残っている。
1996年の報道によれば、1973年から74年の間に、栗原家は旧知の前所有者古賀善次氏から尖閣諸島を購入したのだという。


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西牟田氏は、国が三島の賃借をした理由を内閣参事官室に照会し、FAXで回答をもらっている。
大変興味深い内容であり、以下に紹介する。

———国が栗原氏から借りる経緯はどうなっていますか?
・我が国の政治団体等が尖閣諸島に上陸し同諸島の領有権を主張する
・台湾または香港の抗議船が領海を侵犯し抗議活動を行う
といった事態が度々発生したことから、関係省庁間で検討を行い、尖閣諸島を平穏かつ安定的な状態に保つことを目的として、平成14年度(2002年)から魚釣島、北小島及び南小島の三島を国が賃借し、維持・管理することとなった。
———取材のため島に上陸する許可をいただけませんか?
上陸については、所有者の意向も踏まえ、また、賃借の目的に照らして、原則として、第三者の上陸は認めていない。(西牟田靖『誰も国境を知らない』、343-344ページ)


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西牟田氏は、このあと、沖縄からセスナ機で上空から尖閣諸島を見る。
そして、無人島と化した魚釣島で、かつて青年団がもちこんだヤギが繁殖し、草を食べつくし、島の植生が危機に瀕しているという話を聞く。

島への接近が、まずもって今、日本人に対して禁止されている様子が手にとるように伝わってくる。



保阪正康・東郷和彦 著  日本の領土問題 より抜粋




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140117 1990年代以降の尖閣諸島の政治問題化 3 

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以上の動きは、その後沈静化を見せた。
1997年に署名され、2000年に発効した日中漁業協定の動きである。
孫崎享氏は、この協定についての分析を行い、「漁船をめぐる紛争で日中間の緊張を防ぐ枠組みが形成されている」と述べている(孫崎享前掲書、81-84ページ)。
筆者もこの協定に対する肯定的評価に賛成である。

協定は、管轄権の行使を旗国主義に委ねるケースとして、いわゆる尖閣周辺水域(第6条(b))をあげている。
これについての交換公文が結ばれ、この「水域における海洋生物資源の維持が過度の開発によって脅かされないことを確保するため協力関係にあることを前提として」漁業に関して旗国主義を適用するとの意図表明が行なわれた。

日韓漁業協定に対する評価と同じく、よくこれだけの案を受け入れたと思う。
漁業問題に限って、尖閣周辺でのある種の共同作業に合意したのである。
これこそ、鄧小平のいう「次世代の知恵」の第一歩ではないかと思う。

残念ながら、協定の実施では、円滑な旗国主義による秩序の維持には至っていないが。



保阪正康・東郷和彦 著  日本の領土問題 より抜粋




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130905 カブとキン LX7 

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