日常非日常

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130813 庭の色 LX7 

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1301027 1、サンフランシスコ平和条約 グロムイコ外務次官 

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北方領土について言及しているのはサンフランシスコ平和条約第2条(c)項である。

(c)日本国は、千島列島並びに日本国が1905年9月5日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。

ここで日本は「千島列島を放棄」することを認めた。
このことについては、疑義はない。
これについて外務省はこれまで、放棄した千島の範囲について条約では定義がないこと、放棄した相手先を決めていないことを、あらゆる機会を通じて説明してきた。
完全に正しい説明である。

だがこの状況には、補完説明がいる。
当時、国際関係における日本の立ち位置は非常に弱く、四島を実行支配していた戦勝国ソ連の立場は非常に強かったのである。
もしもこの会合にソ連を代表して出席していたグロムイコ外務次官が、この条約に署名していれば、四島の帰属はどうなっただろう。
ソ連は、平和条約の署名によって、法的に解決すべき戦後処理の問題は終わったと議論することとなったであろう。
断定はできないが、四島の帰属を回復しようとする日本の立場は、限りなく弱くなったにちがいない。

しかしながら、このときソ連は、この条約に署名しなかった。
後に述べるように日本も交渉でいくつも失敗してきたが、ソ連もまた失敗してきた。
多分ソ連にとっての最大の失敗はサンフランシスコ平和条約に署名しなかったことであり、他ならぬこのソ連の外交失策が、日本の弱さを救ったのである。
私は、ロシア人と制限なく議論ができるようになってから、酒の席ではあったが、自国外交の失敗を慨嘆する声を何度も聞いたことがある。



保阪正康・東郷和彦 著  日本の領土問題 より抜粋




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130813 青緑色 DMC-LX7 

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131025 北方領土問題はどういう形で残ったか 

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いったん領土問題という形で問題が定着すると、その解決は、両国の力の強弱を背景として、交渉当事者による交渉力の結果によることになる。
なぜ日ソ間の領土問題は、四島問題という形で、両国間に残ったのか。
それは、冷戦期の日ソ米の力関係を反映した交渉の結果であった。
その交渉の構図は明快である。
この構造をおさえておかないと、現在の交渉上の日本の立ち位置が理解できなくなる。

鍵になる文書は、三つしかない。
1951年署名のサンフランシスコ平和条約、1956年署名の日ソ共同宣言、1960年のソ連政府発のいわゆるグロムイコ声明である。



保阪正康・東郷和彦 著  日本の領土問題 より抜粋




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130813 恋の季節 E-M5 

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131023 ソ連の残虐・領土的野心 

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次に「残虐」とは、まず、満州居留民をおそった悲惨な運命にある。
進軍するソ連兵によって女性は強姦され、男性は殺された。
この時に満州に消えた日本の民間人の数は17万6000人に及ぶという(岡崎久彦『吉田茂とその時代』PHP、26ページ)。
更に、ポツダム宣言によって帰国をゆるされていた日本兵60万人をソ連に抑留、そのうち6万人はシベリアその他の収容所にて帰らぬ人となった。

そのうえに、1855年の日露通好条約によって当時形成されつつあった国境を確認して日本への帰属が決まり、爾来90年間一度も日本領有に対する異議を呈されなかった四島を占拠したのである。
しかも連合軍は、大西洋憲章とカイロ宣言において、領土拡張の意図をもたないと高々と宣言した。
ソ連は、大西洋憲章に参加し、ポツダム宣言への参加を通じてカイロ宣言の原則にもコミットした。
大西洋宣言とカイロ宣言に従えば、1875年の千島樺太交換条約によって日本領であることが確定した千島列島全島ですら放棄する必要はない。
ましてや四島を放棄する理由など何処にも見出せない。
ソ連の「領土的野心」は、弁解の余地がないように思える。

それでは、1945年8月の屈辱を日本は晴らせたか。
晴らせなかった。
戦争に負けた以上、日本は、敗戦国としての現実を受け入れざるをえなかった。
7年間の連合国による占領と、サンフランシスコ平和条約締結による連合国との講和、更に、この条約に参加しなかった、ソ連、中国、韓国などとの条約関係の回復、そういう過程をへて日本は一つ一つ、戦後の現実と和解していった。

ソ連との間でも、そういう戦後の現実を受忍する過程は、確実に進行していったのである。
その過程の中で、北方領土問題は、日本が戦後の現実を受忍するための最後の課題として残った。
北方領土問題が、領土問題ではなく、歴史問題であるとはそういう意味である。



保阪正康・東郷和彦 著  日本の領土問題 より抜粋




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130812 とりのわたりのとき 

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スズメやヒヨドリではない鳥が電線に止まっていました。

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鳥の名前は分かりません。いつも見える鳥ではありません。
この位置から見えたのが面白くて


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近寄って写しましたが、・・・

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面白くありません。


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130813 モウセンゴケ LX7 E-M5 

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130813 せみ LX7 と E-M5 

蝉の鳴き声の洪水です。

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OLYMPUS OM-D E-M5 Olympus ZD14-54mmⅡ

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OLYMPUS OM-D E-M5 Olympus ZD14-54mmⅡ

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OLYMPUS OM-D E-M5 Olympus ZD14-54mmⅡ

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Panasonic DMC-LX7
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OLYMPUS OM-D E-M5 Olympus ZD14-54mmⅡ

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OLYMPUS OM-D E-M5 Olympus ZD14-54mmⅡ

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Panasonic DMC-LX7

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OLYMPUS OM-D E-M5 Olympus ZD14-54mmⅡ

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OLYMPUS OM-D E-M5 Olympus ZD14-54mmⅡ

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Panasonic DMC-LX7

こういう時にはストロポ内臓が良い。


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131018 歴史的屈辱が生んだ領土問題 ソ連の裏切り 

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私が北方領土にこだわる理由は、このとき日本民族がうけた歴史的屈辱の最後の決算として、四島問題が残ったからである。
民族の屈辱を、私は、「裏切り・残虐・領土的野心」の三つに分けて説明している。

まず「裏切り」である。
1945年8月9日、ソ連軍は怒濤のごとく満州に攻め入った。
これは、日本との関係で中立を守ることを義務付けた、日ソ中立条約違反であり、明白な裏切り行為であった。

もう一つある。
その年の4月に成立した鈴木貫太郎内閣で、最高戦争指導会議(6巨頭会議)の議論が始まり、陸海軍・外務省の一致した関心としてソ連問題がとりあげられ、ソ連を通じた仲介工作に話が収斂、7月12日、私の祖父である東郷茂徳外務大臣発佐藤尚武駐ソ連大使宛の極秘電報で「速やかなる戦争終結」を望む天皇の親書を持って近衛文麿特使を派遣する旨が打電された。
この要請が見事に裏切られたのである。

もちろん、今から振り返れば、2月のヤルタ協定で、「対独戦終了の2ケ月から3ケ月あとの対日参戦」を米英に約束していたソ連が、仲介の労をとるはずはなかった。
祖父東郷茂徳も、8月9日までソ連の参戦ありうることを読み取れなかったことを「甚だ迂闊」と悔やんだのである
(東郷茂徳『時代の一面』中公文庫、499ページ)

そうではあっても、中立条約違反、仲介工作要請に対する軍事攻撃は、ソ連の二重の裏切りとして、当時の日本人に血の涙を流させることとなった。


保阪正康・東郷和彦 著  日本の領土問題 より抜粋




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