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130430 漫画『はだしのゲン』で示された歴史認識 

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中沢啓治の描いた漫画『はだしのゲン』(汐文社)で示された歴史認識

「小さな国の日本は平和を守って世界中と仲よくして貿易で生きるしかないんだ。日本は戦争をしてはいけんのじゃ。軍部のやつらが金持ちにあやつられ武力で資源をとるためにかってに戦争をはじめてわしらをまきこんでしまったんだ」

戦争の目的自体は、「武力で資源をとる」ことであり、そうした目的を実現したい金持ちが軍部を動かして勝手に戦争をし始めたというのです。
侵略説と陰謀論が混淆した奇妙な論理といってよいでしょう。
勿論、戦争を支持した人々は多かったのが事実ですが、金持ちが戦争を提唱し、軍部が操られていたなどという経緯はありませんので、いかにも漫画らしい事実無根の妄想です。

この荒唐無稽な『はだしのゲン』の戦争観を紹介したのには理由があります。
それは、『はだしのゲン』は、今でも児童、生徒たちに大変影響力の強い本だからです。
年配の方はご存じないでしょうが、小学校、中学校の殆どの図書室に『はだしのゲン』が配備されています。
小学校、中学校の図書室に配備されている漫画は極めて少ない状態です。
活字の本ではなく、漫画を読みたいと思う子供たちが自然と手に取るように巧妙に極少ない漫画だけが配備されているのです。
この漫画は、その戦争観が歪なだけでなく、反天皇を煽り、無根拠な日本人の残虐性を指弾する、文字通りの偏向漫画です。
こうした偏向漫画が、どうして全国の学校図書室に配備されているのか疑問に思い、調査したところ、一つの巨大な組織の影が見えてきました。
日教組(日本教職員組合)です。

『はだしのゲン』は『少年ジャンプ』に連載されていたのですが、余りにその偏向の度が過ぎ、読者からのクレームが付きました。
連載が休止になったのち、単行本化が進められたのですが、その際に日教組が強力な普及運動を展開したのです。

次の発言はある図書館司書の方のものです。

「単行本化と同時に、当時、日本教職員組合にその本の普及活動への協力を求めて、日教組さんがそれに応えて、学校図書館や学級文庫にそれを置くという運動を展開したことがあります」(日本図書館協会『表現の自由から図書館を考える』日本図書館協会)

現在でも多くの児童、生徒たちがこの『はだしのゲン』を読んで、その歴史観を形成している現実があるので、古い漫画の歴史観ではあるのですが、敢えて紹介した次第です。
日教組の組織率が低下したことを以て、日教組の影響力を甘く見る人々もいますが、それは誤りです。
彼らは、巧妙に歪んだ歴史観を子供たちに押しつけ続けているのです。



岩田 温 著  だから、日本人は「戦争」を選んだ より抜粋




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130429 侵略戦争としての大東亜戦争 

戦争を選んだ2
Nikon D200 Micro-NIKKOR 55mmF2.8


侵略戦争としての大東亜戦争

平成7年8月15日、終戦から50年を迎えた記念すべき日に、社会党の村山富一総理が出した「村山談話」の一節


「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」

村山談話では大東亜戦争の目的、当時の日本政府の動機が明示されているわけではありませんが、「植民地支配」と「侵略」の文字が目につきます。
明らかに大東亜戦争がアジア諸国民に対する侵略戦争であったという歴史認識が表されています。
何のための侵略であったのかという動機が示されていないので、何故に日本が戦争を決断したのかが語られていない談話でもあります。


日本共産党の見解 2011年12月8日付け『赤旗』


「アジア・太平洋戦争は、『満州事変』,さらに37年7月の『盧溝橋事件』を経て全面戦争へと広がった、中国との戦争の連続です。
日本政府は、中国からの撤兵を求めた国際社会の要求を拒否、中国への侵略戦争を続けるためにアメリカなどと戦争を始めたのです。」


同じ左派とはいえども、「村山談話」と共産党の見解が微妙に違うのが興味深い点です。
「村山談話」では、大東亜戦争がアジア諸国民に対する侵略戦争であったことが強調されていますが、『赤旗』では中国への侵略戦争であったことが強調されています。
要するに、日本共産党の歴史認識に従えば、中国への侵略が日本の一貫した政策であり、この侵略政策を妨害するアメリカと戦ったのが大東亜戦争だということになります。
つまり、大東亜戦争の目的は中国への侵略を継続することであったということになります。
しかし、なぜ、日本が中国に対する侵略を行ったのかについては触れていません。



岩田 温 著  だから、日本人は「戦争」を選んだ より抜粋




 
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130428 戦争の名称 

戦争を選んだ
Nikon D200 Micro-NIKKOR 55mmF2.8

「大東亜戦争」の他にも「太平洋戦争」、「アジア・太平洋戦争」などと幾つかの呼び方がありますが、どの呼称を用いるかで本人の思想的立場がある程度明確になってしまうという複雑な問題があります。
普通、「関ヶ原の合戦」と呼んだことが石田三成を支持していたり、徳川家康を支持していたりする証明にはなりませんが、「大東亜戦争」と呼ぶか、「太平洋戦争」と呼ぶかによってその人自身の戦争観が問われてしまうのです。

「大東亜戦争」とは、昭和16年に内閣の閣議決定で定められた先の大戦の呼称です。
しかし、この閣議決定には問題点もありました。
それは、この閣議決定では「シナ事変」(現在、「日中戦争」と呼ばれている戦争です)をも含めて「大東亜戦争」と呼ぶことが確認されているからです。
従って、いわゆる「日中戦争」も含めた戦争を「大東亜戦争」と呼ぶわけですから、開戦の時期は昭和16年よりも遡ることになってしまいます。

これに対して、「太平洋戦争」とは、アメリカが日本を占領した際に強要した呼称です。
アメリカは「大東亜戦争」という呼称そのものの使用を禁止し、「太平洋戦争」に書き換えることを命じたのです。

私自身は昭和16年12月8日、日本軍の真珠湾攻撃によって開始された戦争を「大東亜戦争」と呼ぶことにしています。
当時の日本の閣議決定にも従わず、アメリカの命令にも従わないので、まことに我儘なように思われるかもしれませんが、私が一番大切にしたいと思っているのは、多くの先人たちの意識そのものです。
彼らは「太平洋戦争」を戦っていたわけではありません。また、多くの人々にとっては、アメリカに対する宣戦布告こそが「大東亜戦争」の勃発に他なりませんでした。
私は、先人たちの意識を中心に据えたいという思いが強いので「大東亜戦争」と呼ぶことにしています。



岩田 温 著  だから、日本人は「戦争」を選んだ より抜粋




 


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130426 DMC-LX7 


Panasonicのホームページから



DMC-LX7

撮影モード iA、P、A、S、Mのほかにカスタムセットを4種類登録できる。
NDフィルターを内蔵している。
ステップズーム ズームレバーを回すごとに24、28、35、50、70、90mmとレンズ交換のように切り替わる。光学ズーム以外の時には135、200、300、400、500、600mmなどと切り替わる。
鏡胴についているレバーで直接アスペクト比を1:1、3:2、4:3、16:9に設定できる。
フォーカス切替スイッチで直接AF、AFマクロ、MFを設定できる。
鏡胴に設けられた絞りリングで絞り値を直接調整できる。
AFエリアを移動することができるので、近接撮影や接写時に便利。
ISO感度は80から12800まであり、1600までは常用できそうだ。
2〜3枚の多重露出撮影ができる。
撮像素子は1/1.7型MOSで、有効画素数は1010万画素である。
35mmフィルムカメラ換算24〜90mmF1.4〜2.3のズームレンズ
マクロ撮影は広角側で1cm〜
シャッタースピードは250秒〜1/4000秒
液晶モニターは3.0型TFT液晶で92万ドット
W110.5 H67.1 D45.6mmで質量はカード、バッテリー込みで298g

原産国は,実物は見ていないがG1やFT1も日本製だったのでLX7も日本製だと思う。
他社に比べて少し赤味が強い画像と思っているが、人の肌の描写が良いという評価もあり、ちょっと大きめだが買っても良いかなと思っている。

4月26日現在価格は、37,600円なのだ。



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130426 日本とドイツが犯した罪 

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日本とドイツが犯した罪

日本はナチスと同じような犯罪を行ったのかという問題です。
多くの人々が戦時中の日本とナチス・ドイツを同一視しているようです。
ドイツは謝罪しているのに、日本は謝罪が足りないなどの議論もしばしば耳にします。

しかし、問題になるのは、両国が犯したとされる犯罪の種類です。
日本軍が犯したとされる犯罪は全て戦争犯罪といってよいものです。
例えば、戦時下においても、民間人の殺害などは国際法で禁じられていますので、仮に日本軍が民間人を殺害したとすれば、これは戦争犯罪に該当します。

ここで問題になるのが、ナチス・ドイツが犯した犯罪についてです。
もちろん、ナチス・ドイツは数々の戦争犯罪を犯しています。
しかし、我々が注目しなければならないのは、ナチス・ドイツは戦争犯罪とは比較にならない程の罪深い犯罪に手を染めていたということです。

ナチスは数百万人にのぼるユダヤ人を虐殺しました。これは、戦争犯罪ではありません。戦争とは無関係なユダヤ人、自国内に住むユダヤ人全てを殺戮し尽くそうと企んだのがナチス・ドイツなのです。


岩田 温 著  だから、日本人は「戦争」を選んだ より抜粋

 



1945.03.10 東京大空襲 死者 8万3793人以上10万人とも 負傷者 7万4909人以上
ほか名古屋、大阪、神戸、京都など多数
1945.08.06 広島原爆投下 死者 12万人
1945.08.09 長崎原爆投下 死者 7万3884人 負傷者 7万4909人 

などの戦時下といえども無差別爆撃は国際法に違反している戦争犯罪ではあるまいか。


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130425  2 攻撃と反攻(6) 「日本への経済制裁」 

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2 攻撃と反攻(6) 「日本への経済制裁」
日本はアメリカに特使を送り、こうした厳しい措置の緩和を要請した。しかし、日本には、アメリカは両国間の対立を解決する意思をもっておらず、戦争は不可避と考えているようにみえた。会談の公式記録を読んでみると、アメリカは日本がそう疑うだけの根拠を与えている。だから、アメリカはヨーロッパの戦争がある程度めどが立ち、自国の「防衛」計画を整備するまでの時間稼ぎをしている、と日本が思ったのは当然である。アメリカの政策(イギリスと蒋介石政権を支援し、日本を経済制裁する)は正しかったというのもいいだろう。しかし、私たちの政策ではなかったと、真面目な顔でいうのはおかしい。なぜなら、政府は各種の公式声明で、あれはアメリカの政策だったと言明しているからだ。

日本の立場でいえば、こうである。イギリスとオランダが禁輸したインドネシアとマレーの物資を力で奪いにいく決意を固めた。そこで、アメリカが両国の陣営に加わらないよう、奇襲によって出鼻をくじく必要があった。パールハーバーはのるか反るかの賭けだった。

いずれにせよ、パールハーバーを攻撃した日本の罪状は、私たちが告発し懲罰の根拠にしようとしている犯罪とは違うものなのだ。

「満州事変」以来企んでいた「世界制服」の「陰謀」という告発もいささか乱暴である。アメリカの世論は満州における日本の行動を何の疑いも抱かずに非難している。日本の満州進出は誰が見ても明らかな侵略行為だからだ。しかし、満州「事変」をめぐる米日、米中関係の記録を詳細に調べると、一般国民にはっきり見えることと、国際関係における複雑でうさん臭い行動とは、まったく違うことがわかる。





アメリカの鏡・日本 ヘレン・ミアーズ 伊藤延司 訳

1948出版
ホートン・ミフリン社の日本語版出版許可申請を1949/08/06ダグラス・マッカーサー却下
1995翻訳
気になるところの抽出メモ




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130422 福寿草の咲くところ 

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130423 タイ旅行のお土産 

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タイ旅行のお土産をもらった。

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チョコレートであるが、包装の裏側にシールが貼ってある。

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原産国はマレーシアと印刷されていた。


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130409 ふきのとう 

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落ち葉を持ち上げて


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130420 2 攻撃と反攻(5) 「国益」  

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2 攻撃と反攻(5) 「国益」
私たちが「国益」としているものの上に、外交政策を立てているなら、日本に対する私たちの裁判はかなり調査が必要となってくる。日本の政策は一貫して、国益の上に据えられてきたからだ。私たちが「国家の存亡にかかわる利益を守るために戦う」のは、私たちの権利であると主張する以上、同じように主張してきた日本を何で罰することができるのか。「世界制服」を企てたという理由で、日本を公正に罰することができるというのも理解できない。現にアメリカの公式調査報告は、そのような意図はなかったという日本の反論を記録にとどめているのだ。

パールハーバーはアメリカ合衆国の征服を企んで仕掛けられた「一方的攻撃」であるというが、この論理では日本を公正に罰することはできない。なぜなら、私たちの公式記録が、パールハーバーはアメリカが日本に仕掛けた経済戦争への反撃だったという事実を明らかにしているからだ。パールハーバーは青天の霹靂ではなく、然るべき原因があって起きたのだ。原因は、1941年7月25日にアメリカ、イギリス、オランダが打ち出した「凍結」令である。三国は自国領内にある日本の全資産を凍結し、貿易、金融関係をすべて断絶した。日本は輸入必需品の80パーセントを「凍結」地域に頼っていたから、三国の行動は日中戦争の泥沼化だけでなく、国内経済の窒息を意味するものだった。





アメリカの鏡・日本 ヘレン・ミアーズ 伊藤延司 訳

1948出版
ホートン・ミフリン社の日本語版出版許可申請を1949/08/06ダグラス・マッカーサー却下
1995翻訳
気になるところの抽出メモ




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