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130227 乾電池 

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ガスレンジの自動点火用乾電池が弱ってしまった。コープに食材を買いに行ったついでに乾電池を買ってきた。マンガン乾電池で良いのだが、あいにくMade in Chinaしかなかったのでアルカリ乾電池を買った。

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いままで使ってきたマンガン乾電池である。

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推奨使用期限が'98/10だから15年以上も使っていたことになる。

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SINCE 1931 と誇らしげである。

Lens Micro-NIKKOR 55mmF2.8






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130224  10 誰のための戦略地域か(3) アメリカと日本のちがい 

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OLYMPUS E-620 ZUIKO DIGITAL14-54mmF2.8-3.5Ⅱ

アメリカはグアムを海軍基地として確保することによって、グループの中で最も大きく、最も肥沃な島を押さえ、島の経済を通常の地域経済から切り離した。1938年、日本領マリアナの貿易総額は2500万ドルだったのに対して、面積では他のマリアナ全域に匹敵し、潜在的にははるかに生産力のあるグアムの貿易総額は、わずか78万5000ドルにすぎない。しかも、このうちの80パーセントがアメリカと米領マニラとの貿易だった。そして、グアムの輸入品のほとんどがガソリン、機械、自動車などグアムのアメリカ経済に必要なもので、現地住民の生活とはまったく関係のないものであった。

グアムの主要かつ唯一の輸出品は石鹸の原料となるコプラで、戦前はその80パーセントがアメリカに輸出されていた。さまざまな要因が重なって島の農業は十分開発されず、食料品は定期的に輸入しなければならなかった。

日本領マリアナでは、状況はかなり違った。日本は私たちがグアム貿易を独占する以上に、マリアナの対外貿易を独占していたが、それは、日本人以外に貿易をするものがいなかったからだ。グアム島民は別だったかもしれないが、彼らは自分たちの意思を表明することを許されていなかった。日本人は農業を奨励し、砂糖産業を開発した。これは日本国内で必要なものだったが、現地住民にとっても砂糖は当然開発すべきものだった。日本人は魚の養殖技術も研究した。これもこの地域の発展に役立つものだった。

日本人は島民に安い木綿の衣服、安い靴、塩、タバコなど、日常生活を快適にする品物を売っていた。いい換えれば、アメリカ人の信条である物とサービス財の正常な交換が発達していたのだ。もし日本人が統治者としてではなく、島民として、軍事力と国力の増強に頼らずにそのすべてを成し遂げていたら、地域経済の立場からいえば、何の問題もなかったのだ。



アメリカの鏡・日本 ヘレン・ミアーズ 伊藤延司 訳

1948出版
ホートン・ミフリン社の日本語版出版許可申請を1949/08/06ダグラス・マッカーサー却下
1995翻訳
気になるところの抽出メモ




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130204 クランポン歩行の練習 

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Panasonic Lumix DMC-FT1

クランポン歩行の練習

クランポンを付けると雪山に登れる。しかし、ピッケルとセットで歩行訓練が必要だという。滑落時のピッケルワークの練習も必要らしい。ピッケルの持ち方も知らず、谷側か山側なのかどちらの側に突くのかも知らない。

富士下山時に滑落して死亡した記事を見たことがある。疲れていて足が上がらず引っかかって転倒し滑落したのだと思う。

鬼胡桃氏から贈られたクランポンを持って雨が降ったあとの斜面へ歩行練習に出掛けた。思ったほどアイスバーンにはなっていなかった。スパッツやアウターパンツを破いた話も聞いていた。きもち足を広げて歩いた。進んでいる時よりも、その場で作業する時にウエアを破く可能性がありそうだ。



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120921 安平駅 室蘭本線 

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OLYMPUS OM-D E-M5 ZUIKO DIGITAL14-54mmF2.8-3.5Ⅱ
安平駅

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三川駅とは左右対称のようだ。

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駅にはNTTの公衆電話と郵便ポストを設置するよう決められているのかもしれない。

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駅舎内の掲示板

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待合室の椅子とゴミ箱

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駅長事務室とおぼしきところにはシャッターがおりている。

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ホームに出ると、やはり駅長事務室がかなり大きいことが分かる。

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駅舎の横に建物があるが、鉄道官舎であろうか。

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跨線橋

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跨線橋の上から見る。左の線は貨物用で、草に覆われている。

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追分方面

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駅前通り

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列車止め



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130206 中国艦 海自艦に射撃レーダー照射 

アンテナ110219
RICOH Caplio GX100


’13/02/06の朝刊記事から

中国艦 射撃レーダー照射
尖閣沖、海自艦に
「極めて特異」政府抗議


政府は5日、中国海軍の艦艇が1月30日に、東シナ海の公海上で海上自衛隊の護衛艦に対し、射撃管制用レーダーの照射を行ったと発表した。小野寺五典防衛相が緊急記者会見し、明らかにした。政府筋は沖縄県・尖閣諸島沖だったとしている。日本側は不測の軍事衝突を招きかねない「危険な行為」として中国側に厳重抗議した。尖閣国有化以来対立が続く日中間の緊張が一層高まるのは避けられない。

護衛艦ヘリにも
射撃管制用レーダーはミサイルなどの射撃前に目標に照準を合わせ、追尾するもの。防衛相は会見で、同レーダー照射は「極めて特異な事例だ」と指摘。「一歩間違うと大変危険な事態を招きかねない」と強調した。中国側の意図について政府内には、尖閣問題をめぐり日本を威嚇する狙いがあったとの見方がある。

発表によると、レーダー照射は1月30日午前10時ごろ、中国海軍のフリゲート艦1隻から、約3キロ離れた護衛艦「ゆうだち」(長崎・佐世保基地所属)に対し行われた。

1月19日午後5時ごろにも、中国海軍のフリゲート艦1隻から、数キロ離れた海自護衛艦「おおなみ」(神奈川・横須賀基地所属)搭載のヘリコプターSH-60Kに対し、レーダー照射が行われた疑いがある。照射はいずれも数分間続いたという。照射があった正確な位置は明らかにしていない。

安倍晋三首相は5日、防衛相と官邸で今後の対策を協議し、万全な対応を取るよう指示するとともに、「挑発に乗ってはいけない。冷静に対処することが大事だ」と語った。

岸田文雄外相は5日の記者会見で、レーダー照射による日本側の抗議に対し、中国側から「まず事実を確認したい」との回答があったことを明らかにした。



射撃管制用レーダー
敵の艦船や航空機にミサイルや大砲などの照準を合わせるため用いるレーダー。相手の速度や自分との距離などを把握し、得られたデータに基づきミサイルを発射、誘導する。船舶や航空機を探索するレーダーはアンテナを回転させるなどして周囲をくまなく監視するのに対し、射撃管制用レーダーは相手を「ロックオン(固定)」し、電波の周波数も探索用とは違いがある。軍艦や軍用機は相手からのレーダー電波を検知し周波数などを分析、自分が攻撃対象になっているか確認するシステムを備えていることが多い。



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120921 三川駅 室蘭本線 

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OLYMPUS OM-D E-M5 ZUIKO DIGITAL14-54mmF2.8-3.5Ⅱ
三川駅



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定番の公衆電話と郵便ポストがある。



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この型の駅舎は左側はトイレになっている。



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待合室、駅長事務室窓口にはシャッターが降りていて、その前に椅子が置いてある。



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掲示板にはポスターが貼ってある。



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街の見取り図も



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ホームに出ると結構駅長事務室が大きいことが分かる。



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跨線橋



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跨線橋から岩見沢方面を見る。



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貨物積み込み用の線路とホーム



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この単管で作られた柵は何かなと



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線路横断禁止の柵であった。わざわざ跨線橋を通るのは面倒な人が多いのだろう。



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跨線橋から追分方面を見る。



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ジーゼルカーが到着した。



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広い駅前広場。貨物が沢山あったことが窺える。



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発車



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駅前通り



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大きな倉庫



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倉庫群



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自転車置き場



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貨物用線路にある列車止め。








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130215  10 誰のための戦略地域か(2) 日本の支配 

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OLYMPUS E-620 ZUIKO DIGITAL14-54mmF2.8-3.5Ⅱ


10 誰のための戦略地域か(2) 日本の支配
日本がドイツからマリアナ諸島を獲得してから、グアム以外の島々は、ある程度発展した。日本人は支配階級としてのみ、やってきたのではなかった。もちろん、いちばん上の管理者は日本人だったが、移住者、農民、労働者、漁民、商人もやってきた。

彼らはチャモロ人と結婚し、島に定住した。そして、日々の糧を得るために島の資源を開発した。1938年には、マリアナに住む7万人の日本人の半数が農民だった。あとはほとんどが漁民だった。日本人の習慣、生活様式、生活水準は島民とあまり変わらなかったから、生活習慣の違いが大きな障害になることもなかった。



アメリカの鏡・日本 ヘレン・ミアーズ 伊藤延司 訳

1948出版
ホートン・ミフリン社の日本語版出版許可申請を1949/08/06ダグラス・マッカーサー却下
1995翻訳
気になるところの抽出メモ




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130214  10 誰のための戦略地域か(1) マリアナ諸島 

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OLYMPUS E-620 ZUIKO DIGITAL14-54mmF2.8-3.5Ⅱ



マリアナ諸島は戦略的な場所に位置していた。そのために、原住民族のチャモロ族は16世紀以来、4回も外国の支配者を変えた。いずれも戦争の結果だが、住民はいつも外国人の戦争には無縁の第三者だった。彼らの父祖の地は、非拡張主義と平和主義を掲げる国からさえ、戦争の論功行賞として合法的に取り上げられた。

最初に来たのはスペイン人だった。彼らは3世紀にわたってマリアナを占有していた。米西戦争の後、合衆国がグアムを確保した(戦争中に占領したものである)。その他の島はドイツが敗戦国スペインから買い受けた。アメリカは第一次世界大戦後もグアムを領有していたが、それ以外の島は日本のものだった(敗戦国ドイツから得たのである)。第二次世界大戦の初め、日本がアメリカからグアムを取った。1944年、アメリカがグアムを奪還し、マリアナのその他の島も取った。

スペインがグアムを取得できたのは、征服による領有権以外の何物でもない。アメリカがグアムを領有しているのも、征服による領有権以外の何物でもない。ドイツがマリアナを所有していたのは、スペインから買った権利によるものだった。日本は征服による権利としてマリアナ諸島を得た。第一次世界大戦当時は、日本も平和愛好国の一員だったから、第一次世界大戦の平和愛好国機構である国際連盟から、領有権を認められたのだ。

アメリカ合衆国は第二次世界大戦の平和愛好国の一員として、第二次世界大戦の平和愛好国機構である国際連合から領有権を認められるだろう。しかし、この問題の相談にあずからないチャモロ族には、何から何までわからないのである。



アメリカの鏡・日本 ヘレン・ミアーズ 伊藤延司 訳

1948出版
ホートン・ミフリン社の日本語版出版許可申請を1949/08/06ダグラス・マッカーサー却下
1995翻訳
気になるところの抽出メモ




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121026 古山駅 室蘭本線 

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Nikon D200 AF-S NIKKOR 18-70mm 1:3.5-4.5G ED


古山駅の前には国道234号線が走っている。

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例の通り駅舎の前には公衆電話がある。

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最近建てられた駅は車椅子対応になっているが、この駅が建てられた当時はそれは求められていなかった。

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待合室には木製の長椅子が置いてあるが、何故か殺風景である。駅長事務室とおぼしき場所は板が張られている。

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眼鏡石が見えるが冬期間は暖房が付くのであろうか。

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切符売り場であったところに「駅ノート」が置いてあった。

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駅ノートは秘境駅にはつきものと聞いていたが、ここも秘境駅なのだろうか。

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午後からの光が駅名を輝かせている。

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跨線橋があるので行ってみる。

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線路に沿って国道が走っている。

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丁度列車が入ってきた。

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複線のようだが光っているのはこっち側だけのように思える。


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130211  8 罪なき傍観者(3)ジャップと現地住民の関係 

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OLYMPUS E-620 ZUIKO DIGITAL14-54mmF2.8-3.5Ⅱ


ジャップと現地住民の関係
私のスクラップには、クワジャリンに関する別の記事がある。これは海兵隊のドナルド・T・ワインダー中佐が、無線送稿したものである。

「ジャップと現地住民の関係はまずくはなかった。・・・・・・ジャップは現地人労働者を口汚く罵ったり蹴とばしたりして、怨みを買ってはいたが、全体として住民の扱い方はよかった。子供たちが8時から11時まで学校に行くことを義務づけた以外は、現地の生活習慣に介入しようとはしなかった。ジャップは、すべてが首長に帰属するマーシャルの共同財産制度を破ろうとした。当然、これは島の上流階級には不人気だったが、一般島民は歓迎していた。」

パールハーバー、ジョンストン島と同じように、クワジャリン環礁は実に重い、しかし答えのない疑問を突きつけてくるのだった。



アメリカの鏡・日本 ヘレン・ミアーズ 伊藤延司 訳

1948出版
ホートン・ミフリン社の日本語版出版許可申請を1949/08/06ダグラス・マッカーサー却下
1995翻訳
気になるところの抽出メモ




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