日常非日常

                                        since'11/02/20

捨て身の平和 3-3 

IMG1305
謝罪の時代

捨て身の平和
3-3

「それ以来、私は変わった。最早、私は以前の私とは同じ人間ではなかった。私は憎悪で満たされるようになった。私は自分に向かって怒り、神に対しても怒るようになった。何か楽しいことがある時にも、私は想像もできないような空虚さを感じるようになった。なぜエリーズがここにいて、この楽しさを私たちと共有できないのか、と思うと、私には再び怒りの感情がこみ上げて来た」と犯人は書いている。
ここにも、自分の行動は全て他から受けた刺激や結果のせいだとする、他罰的、自我不在の卑怯な姿勢がある。
しかし事件当日、彼は牛乳運搬の仕事を終えた後で家に帰り、子供たちに学校へ行く支度を手伝ってやってからスクールバスの乗り場まで送ったという。


IMG1306
まだ13歳の子供が自分の命を他者のために差し出したことを第一の衝撃とすれば、私が受けた第二の衝撃は、子供たちを5人も殺されたアーミッシュの人々が示した犯人に対する許しの原則である。
彼ら個々人の内心の思いは誰も本当に察することはできないだろう。
しかしそれは別として、彼らは、許すことが神の命令だとしている。
だから事件直後から、村人たちは自殺した犯人の遺族を許し受け入れることにした。
それはもっとも難しい人生の生き方である。
しかしそれがどんなに辛くとも、神の前の人間の道だという姿勢を曲げなかったのである。
犯人の家族は葬儀に招かれ、村人たちによって抱擁された、とどこかの新聞が報じていた。
日本の被害者のように「犯人にはできるだけ長く苦しむような極刑を望みます」と言う人はなかった。
極刑を望んでも当然だから、私はアーミッシュの人々の反応にこそ、動物ではない人間の行動を見ざるを得なくなるのである。


IMG1307
平和を望み続けて軍備は持たないと日本人が決めるなら、私はいつでも同胞の決定に殉じる、と言っている。
しかしその場合我々は侵入者に、無抵抗で殺される覚悟もいる。
そこまで見つめない平和論はむしろ夢想的で有害だ。

アーミッシュの人々は、そのことを端的に示したから、私は深く動揺したのである。〈06年11月10日号〉





曽野綾子著  「謝罪の時代 」 から抜萃




trackback: -- | comment: 0 | edit

160529 捨て身の平和 2-3 

IMG1301
謝罪の時代

捨て身の平和
2-3

しかし彼らの生活には、私たちが学ぶべき強烈な要素があってそれが私の心を占めて離れないのである。
殺された5人の少女たちのうち、最年長だった13歳のマリアン・フィッシャーは、妹やほかの子供を救おうとして「私を最初に撃って、ほかの子供たちを釈放して」と頼んだという。
この言葉は重傷を負いながら生き残った妹によって知らされたのだが、この妹も「次は私を撃って」と訴えていた、とチャールズ・ギブソン記者はルポルタージュの中で伝えている。
どうして子供たちまでが、このような弱者を庇う捨て身の姿勢を取れるのか。
その背後に親たちはどんな教育をしていたのか。


IMG1303
子供たちが犯人に「どうしてこんなことをするの?」と聞くと「神に腹を立てているからだ」と答えたという記録もある。
彼は事件直後に自殺した。

ー略ー

1997年に、犯人とその妻の間には、娘が未熟児として生まれた。
エリーズと名づけられたその娘は、誕生後数時間で亡くなった。
そんな短い生涯でも、ちゃんと名前を用意されていたのだから、ロバーツは子供好きだったと思われる。
できてしまった「要らない子供」を中絶し、もちろん名前もなくこの世からその存在を消し去って平気な或る種の日本の親たちより、情が深かったということもできる。


IMG1304
この子を失って以来、彼は「自分の生活は永遠に変わってしまった」と妻に宛てた遺書に書いている。
自分の子は死んだのに、よその子は生きていることへの不公平感を、自分の子供殺しが発覚する前の他人の子殺しの口実に使っていた畠山鈴香という女性容疑者もいたから、そういう心理は、比較的普遍的に存在するものなのだろうか。
私にはあまり理解できない心理だが。





曽野綾子著  「謝罪の時代 」 から抜萃




trackback: -- | comment: 0 | edit

160527 捨て身の平和 1-3 

IMG1298
謝罪の時代

捨て身の平和
1-3

最近、私が深く心に打たれたのは、つい先日10月2日、アメリカのフィラデルフィアの西55キロにある小さな町、ペンシルベニア州ニッケルマインズで起きた銃の乱射事件である。

現場はアーミッシュと呼ばれる特別に厳しい信仰の形態を持つプロテスタントの子供たちが通う小学校であった。
犯人は32歳の牛乳運搬車の運転手、チャールズ・カール・ロバーツ4世で、英字新聞によると彼の武装は口径9ミリのピストル、ライフル銃、スタンガン、ナイフ2丁、無煙火薬、銃弾600発、ほかにハンマー、ぺンチ、金属用ノコギリ、ドアを封鎖するための2本の木材、透明テープ、着替えなどを入れたバケツと共に、妻や子供たちへの遺書も持っていた。つまり計画的犯行だったのである。


IMG1299
迷妄に満ちた現代生活を否定して、18世紀風の生活を保ち、電気も自動車も使わない。
もちろん電話もテレビもなく、スポーツも音楽も許さない。
子供たちにも読み書き計算をできるくらいの教育はするが、高等教育は必要と考えない。

ー略ー


IMG1300
服装も髪形も皆同じで、流行を追うファッションもなく、質素な昔風の衣服を身につけている。
そして一斉に同じ時期に同じ農作業に従事し、苦楽を分け合う。
正直なところ、私は彼らのような生活をそのまま受け入れようと思ったことはない。
彼らは現代社会では、孤立して生きなければむしろ使いようがない人たちだ。
しかし私はこれでも、自分が社会の要求を満たすことのできる役に立つ人間でいたい、と思ってきたのである。



曽野綾子著  「謝罪の時代 」 から抜萃




trackback: -- | comment: 0 | edit