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160518 宅間から我々は何を学んだか 4-4 

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戦争を知っていてよかった

宅間から我々は何を学んだか
4-4

もう一つの社会の反応の方が、私には重大に思えるが、これも今度の事件後の日本社会では全く問題にもされなかったことだ。
それは許しの問題である。
先に書いたように、すべての論調は「目には目を」を正義の理論としたものだった。
殺したのだから死刑。
それも幼い子供を殺したのだから、苦しみながら死んで行くくらいの報復はあってほしかった、という人もいた。
この自然そのものの人間の反応が、イラクの戦後のさまざまな対立の姿勢にも、イスラエルとパレスチナの間の報復の連鎖反応にも、ルワンダのフツとツチの間に起きた80万人におよぶ虐殺のまがまがしい情熱にも、シエラレオーネの内乱で子供たちの手足を切り落とした残忍な行為にも、すべてに適用されているのである。
それは自然なようでいて、決して人間がそのまま容認すべき精神の反応でもなさそうである。
私が話に聞く西欧社会では、多くの人が、自分や家族を殺傷し、平和を一瞬にして奪った「悪魔のような人物」に出会った時、その憎しみとどのように真っ向から出会い、どのように乗り越えて許すべきか、に苦しむことが大きな問題なのだ、と言う。


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今までにも何度か書いたことがあるのだが、スペインの市民戦争(1936〜39)の時、父を殺されたスペインの一家があった。
カトリックだったから、そこには幼い子供たちが残された。
まだ若い未亡人は「なぜ、どうして、善良な父であり夫だった人が殺されなければならなかったのだろう」と思い続けたことだろう。
しかし或る日彼女は子供たちに言った。
「私たちは、お父さまを殺した人を許すことを、生涯の仕事にしなければなりません」
それは血の滲むような辛い命令であった。
そうしたからと言って、誰も、社会も、この夫人に特別の年金も勲章もくれるわけではない。
それはこの未亡人と幼い家族たちの、人間としての内なる苦しい戦いであった。


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その時の子供の1人が、後年カトリックの神父になった。
これはあらゆる死者が、年齢や学歴に関係なく、残された家族を精神の高みに導くことができる、という稀有な例だが、それを稀有にさせないのがまた私たちの任務でもあろう。
ハムラビ法典は基本的に合理的で自然な反応である。
だから全世界はその形態を残して来たのだが、死者をして生者を許しの方向へ高からしめる働きができることを、一部の人たちは願って来たのである。
その時こそ幼い死者たちも、生ける徳の源泉として、生者である親たちの今後の生に、永遠に強烈に関与し続けるのである。


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つい先頃、東名高速道路で酒を飲んでトラックを運転し、追突した車に乗っていた女児2人を死亡させた加害者に対して損害賠償の判決がでた。
それはこの女児たちが生きていればそれぞれ18歳になる歳から15年間、毎年命日に約540万円を支払うということである。
3年前大分県で起きた一家6人殺傷事件では、加害者が2億4千万円を払うことで和解したという。
2億4千万円を払う経済力が、加害者の家庭にあったのだ。
しかし私がもし財産も何もないトラックの運転手だったら、毎年1,080万円ずつを払うことは常識ではできないから、私はすぐアル中になり、ホームレスに身を落とすだろう。
償いたくても不可能な程度の損害賠償というものは、却って償う心を萎えさせるものだろうと思う。
さまざまな思いが、ひとつの事件の背後に起こる。
迷いは深くなるばかりだ。 (2003・9・7)



曽野綾子著  「戦争を知っていてよかった 」 から抜萃




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160517 宅間から我々は何を学んだか 3-4 

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戦争を知っていてよかった

宅間から我々は何を学んだか
3-4

しかし宅間は弱い生活であった。
弱い性格というものが何に起因するのか、私はよくわからない。
ー(略)ー
宅間が弱い性格であることを示す要素は、手記によく出ている。
そこには二つの特徴が見える。
一つはあの時こうすればよかったとか、誰に相談すればよかったとか、過去ばかり振り返って悔やんでいることと、もう一つは、彼が恐ろしく権威に弱いことである。
誰でも間違った選択はしてしまうものなのだ。
申しわけないが、仕方がない。
間違ったと思ったら、他人には謝り、自分に対してはすべての責任は自分にあるのだから、今この瞬間から出発して、それを補おうと決意すればいいのである。
他人に相談したら、その人が決定的に自分を止めてくれたろう、と思うのは甘い。
自分を一番よく知っているは自分だから、すべてのことは自分で決めるより仕方がない。
そのために誰でもが、勉強して自分の判断力を養うのである。


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手記によると、宅間は公務員になりたがってそれができなかったのを恨んでいる。
彼が権威に弱かった証拠である。
確かに公務員は日本では手堅く信用を持たれている職業である。
もっとも最近は外務省のように高級官僚に対する信頼も地に堕ちたところもあるが。
公務員として一生を全うすれば、今までは死ぬまで「食うに困らない」とされていた。
もっとも諸外国では必ずしもそうではない。
ー(略)ー


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宅間は公務員に権威を感じている。
自衛隊にいたときも何とかして幹部になりたいと思っていた。
しかし前科があるので、それも不可能と知る。
公務員なんかなんだ、と思えないのである。
前科があっても何でもない職業もあるのだ。
ー(略)ー


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しかし私たちは、宅間その人よりももっと周辺のことを考えなければならないだろう。
その一つは、死刑反対の論調についてである。
今回死刑の一審判決が出てから、遺族はもちろん文科大臣まで、すべてマスコミに登場した人は、ほとんど100パーセント死刑賛成の意思表明をした。
普段から死刑反対を叫んでいる人たちはどこへ行ったかと思うほどである。

私は幼いころ、母が自殺を考えて行動した数日間いっしょだった。
「地獄のような」暮らしだったから、人を殺そうと考えたこともある。
ただ、私は実行しなかった。
ー(略)ー


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私はまだ10歳になるかならないかの子供だったが、当然人を殺したら自分も死刑になると信じていた。
未成年は死刑にならないとか、情状酌量ということがあるなどとは、全く知らなかった。
しかし人を殺せば死刑になるという知識は私の行為に歯止めを掛けた。
他人のことは知らない。
私の場合に限って言えば、死刑の認識は、犯罪を実行する大きな抑止力になった。
だからこういう時にこそ私は死刑反対の根拠を知りたかったのだ。


曽野綾子著  「戦争を知っていてよかった 」 から抜萃





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160516 宅間から我々は何を学んだか 2-4 

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戦争を知っていてよかった

宅間から我々は何を学んだか
2-4

宅間についての非難は、「鬼畜」「怪物」「悪魔」などほとんどあらゆる表現が出揃った。
しかし正直なところ、前にも述べたように、宅間自身の本質を少なくとも私は知りようがないと思っているし、問題はこの人ではなく、私たち自身なのである。
宅間の存在は私たちめいめいが、自分自身を発掘する作業を触発するからだ。
宅間は、自分の親に恨みを持っているらしい。
それは彼自身の手記の中にも出て来る。
しかし甘えるんじゃない、と私は心の中で言っている。
そんな子供は、世の中にゴマンといる。
それほど嫌な親なら、殺さずに親を捨てればいいのだ。


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私もいびつな家庭に育ったのだが、私は自分の家庭が決してどん底ではないと思っていた。
しかし幼時の私が「人に知られたくない」自分の家庭を覗かせた数少ない親友の1人は、後年私に言ったものだ.。
「あなたの家は地獄だったから」
「へえ」と私はびっくりした。
当事者の私はなんておめでたかったのだろう。
地獄よりはずっとましだと思っていたのだ。
たとえ地獄そのものでも、それなりに実りはあるのだ。
私は地獄に近い生活を見て育ったおかげで、そうでない生活を作るのを、ささやかな人生の目的にできた。

ー(略)ー



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私自身はどちらかというと根暗なのだが、他人があまりそう思わないらしいのは、暗くしていると同居する人たちが気の毒だから、心の中はどうあろうと明るくすればいい、という嘘のつき方を覚えたからである。
だから、私をこの程度に複雑な人間にしてくれたのは、私の家を地獄のようだと他人に思わせた父のおかげであった。
その点で私は父の教育に深く感謝していて、大人になった今は、宅間のように恨むどころではないのである。
たとえどんなひどい親でも、子供は「ああいう親にだけはなるまい」と思うことができる。
大酒飲み、博打好きの親の子は、親と同じ轍を踏まないことがあるが、そんな形ででも、親は子に教訓を与えている



曽野綾子著  「戦争を知っていてよかった 」 から抜萃




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160515 宅間から我々は何を学んだか 1-4 

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戦争を知っていてよかった

宅間から我々は何を学んだか
1-4

2003年8月28日、大阪教育大付属池田小学校の児童8人を殺した宅間守に死刑の一審判決がくだった。
被告は控訴しない、と言っていたが、私がこの原稿を書いている9月7日現在、その結果は出ていない。
その後、今日までに、犯人が心情を綴った手記なども月刊誌で読んだが、事件の真相を私は探ろうとは思わない。
私は他人について今までずっと書かないようにして来た。
安易に他人の生き方や心情を知っているように振る舞うことにいつもためらいを感じたからである。


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宅間個人については、精神鑑定の結果、責任能力がある、ということになったようだが、その文章能力は低く、この程度の表現力では心情を充分に表せるとも思えない。
先日私は行刑改革会議委員として2つの刑務所を見学したが、1つの発見はほとんどの受刑者の部屋に国語辞典があったことだった。
その結果彼らの書くものが、どの程度正確な日本語になるのかどうか因果関係がわからないのだが、少なくとも宅間という人は、辞書を引くような性格ではなかったと思われる。
だから誤字だらけなのである。


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私がここで書こうと思うのは、裁判の判決の結果出て来たさまざまな周囲の反応である。
同じ日、遠山敦子文部科学大臣は、記者団の質問に答え、「事件が起こって以来ずっと(宅間被告に対して)許せない気持ちでいた。極刑は当然」と答えている。
この事件に関して誰もが同じ思いを持っていただろう。
しかし文科大臣が「極刑は当然」と公的な立場で答えたとなると、私はいろいろと思い迷うのである。
大臣の反応は、「目には目を」のハムラビ法典の世界なのだ。
殺したら殺されるのは当然、ということである。
今でも世界中がこの「目には目を」の心情的論理で動いている。
イスラエルとパレスチナ、イラクの戦後、近年部族虐殺を行ったアフリカ諸国。
どの事件でも個人的にその行動の原動力となっているものの理由を聞けば、「目には目を」の論理が動いている。
文科大臣がその論理に従った返答をしても、誰も違和感を抱かない。


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しかし私たちは、「目には目を」から、何とかして脱却しようとして来たのではなかったか。
ハムラビ法典でやっていけばいいのなら何より簡単なのだが、ハムラビ法典後の世界は、すぐにこの単純な原則に例外を作り出そうとしたのである。
第一は、弁償のルールである。
片目をつぶした男が、今度は自分も片目をつぶされることになった時、それはたまらないから、金銭で弁償しよう、という迂回路を考えたのである。
古いユダヤ人社会の文書には、殴った男が報復として殴り返されるのを免れるための値段まで規定されている。
第二は、年代的にはキリスト教の発生以来と言ってもいいだろうが、許しの問題である。
報復は算数としても理解しやすい計算だが、やや動物的反応である。
しかし人間は許すことができる存在だ。
ということはイコールにならない数式を意味づける作業が要るということだ。
それには、人間性全体の動員を必要とする単純ではない計算が必要になって来る。


曽野綾子著  「戦争を知っていてよかった 」 から抜萃




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160504 イラクの人間狩り 5-5 

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戦争を知っていてよかった

イラクの人間狩り
 5-5

効くか効かないか保証の限りではないが、自衛隊は国連軍の制服など着ず、「ニンジャ部隊」という名の元に新たに赤穂浪士討ち入り衣装風のデザインの制服を制定着用し、医療マークには独自の赤鳥居を採用、プラスチックの撒き菱を人気取りのために子供たちに配ったり、豆絞りの手拭いの結び方をファッションにしたり、忍者風忍びの術を町の人たちに教えてくれるNGOを同行したりすれば、少しは違うかもしれない、と私などは考える。


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つまり日本の平和維持部隊派遣の意図は国連軍の制約やアメリカとの連携との元に在るのではない、という印象を住民に植えつけるためである。
いかに現実は、プロの戦闘集団としての自衛隊の厳しい防備の力に依存していようとも、である。
こういうことを言うと又、自衛隊にも外部の評論家たちにも目くじらを立てる人がいる。
日本の指揮者たちは、ゲリラというものを全く考えられないのだ。
だから正規軍としての自衛隊の立場や地位や行動、相手も正規軍と見た上での敵対行為の可能性に対してどう処するかだけを論じている。
ゲリラはどんな規則も守らず、何でもするのだ。
単なるおもしろ半分の人間狩りのためでも、嫌がらせのためでも、武器をぶっ放してみたいからだけでも、盗みのためでも、人を撃つ。


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町の人も、今日は友好的であっても、明日はゲリラになることもある。
と言うか、ゲリラは殺人行為を止めれば、瞬間的にただの町の人になる。
だからゲリラに反撃しようとすれば、それはすなわち町の人を撃つことになる。
そもそもゲリラは正規軍の隙を狙って、差し当たりは勝つことができるのである。


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自衛隊員に被害が出たら、それは小泉総理、川口外務大臣、岡本行夫首相補佐官、福田官房長官たちの責任であろう。
なぜなら、この方たちは、判断の機会と材料を充分に持っていたのだから言い訳はできない。


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一方自衛隊に犠牲者が1人でも出たら大変だ、という騒ぎ方もおかしなものだし、自衛隊を侮辱するものでもあろう。
軍とは犠牲者が出ても信念の故に闘うものだ、という機能の認識に全く欠けたふにゃふにゃの戦後論理によるものだからだ。
しかし平和維持軍としての自衛隊員の給与を危険手当の意味を含めて1日3万円にすることにも、日本国民の中には納得しない人が多いだろう。
2004年度中に、イラクの戦後復興費として日本は15億ドル《約1,700億円》という額を支出することになったというが、それが明らかにアメリカ大統領の愚かしい判断ミスの尻ぬぐいをするものであっていいか、ということだ。
アメリカは恐らく泥沼にはまった。
日本は今ならまだ、抜け出せるかもしれないが、それをうまく実行できる指導者がいるかどうか、ということだ。(2003・11・6)








曽野綾子著  「戦争を知っていてよかった 」 から抜萃




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