日常非日常

                                        since'11/02/20

160301 天皇のひとことで韓国人の「反日感情」は解消する 

720926029t
第2章 恨を楽しむ人びと

天皇のひとことで韓国人の「反日感情」は解消する


いまだに、多く日本人が反省します、反省しますと言い続け、多くの韓国人が反省しろ、反省しろと言い続ける。
日本人に言わせれば、いつまで反省し続ければいいのか、いつまでたってもきりがないではないかということになる。
確かに、このままであれば、ずっとこうした関係でずるずると行くしかないだろう。


720926031t
ではどうしたらいいのか?
それをあえて日本側からの方法ということで言ってみたい。
韓国人が心から日本に求める謝罪は、日本国が自らの尊厳を賭けての、深い情感をこめた謝罪なのである。
具体的には天皇が直接謝罪の言葉を示すことである。
韓国人にとって日本人の心情を代表するものは、首相ではなく、あくまで天皇なのである。
それが、現在の韓国人の日本に対する最終的な要求なのだ。
日本がそれをしないため、韓国人は、常に日本人から謝罪の言葉を聞かなくては気がすまないといったことになっている。


720926032t
韓国の全斗煥チョンドファン大統領が昭和天皇と会見したとき、韓国人はテレビにクギづけになって、天皇のたったひとことの発言を聞こうと耳をすましていた。
そして、大きく失望したのである。
そのとき天皇は、過去の韓日関係についと「遺憾いかんだ」という発言をしたのだが、「遺憾」という言葉は、なんら韓国人の気持ちを納得させる力とはならなかった。
「遺憾」という言葉は韓国人には、かえって徹底的な反省を回避するごまかしの言葉と聞こえたのである。
平成の新天皇が盧泰愚ノテウ大統領に述べた「反省しています」という言葉でも、まだ多くの韓国人は納得しなかった。


720926033t
ようするに韓国人が聞きたいのは、「ほんとうに悪かった、どうか許して欲しい」という天皇の、「感情のこもった」言葉なのである。
感情を表に表さない日本的な表現は、韓国人には「心がない」と感じられてしまうのである。
韓国の大統領に対して、そのひとことがあれば、反日政策で植えつけられた日本人への謝罪要求の声は、その一瞬から消え去ってゆくだろう。


720927034t
私はこの話を何人かの日本人にしてみたが、誰もが「信じられない」と言う。
日本人は、そうした言葉を天皇が述べれば、韓国人はこれまで以上に強く、さまざまな形で償いを要求して来るに違いないと感じているようだ。
しかし、それは逆なのである。


720927035t
天皇が情感に満ちた口調で「悪かった」とひとこと言えば、韓国人の集団的な恨の固まりは一気に溶解してしまう。
以後、韓国は日本に対して強い要求をすることが出来なくなってゆく。
日本を攻撃する理由がなくなり、もはや日本に対して上の立場に出られないことを知るからである。
何らかの要求があったとしても、以前に比べてより低いものとなることも私には確信できる。


720927036t



呉 善花 著 「続 スカートの風」から抜萃




trackback: -- | comment: 0 | edit

160225 日本人からは高くとって当然? 

P5150258
第2章 恨を楽しむ人びと

日本人からは高くとって当然?


多くの日本人が、韓国は反日感情が強いとはいえ、そこは礼を重んじるお国柄、お客さんに対してはまさかそうした感情をぶつけることはないだろうと考えている。
最近、まさしくそのように考えて韓国旅行をしたという、ある日本人の読者から、こんな手紙をいただいた。


P5150259
ソウルの町を見物しながら歩いていると、「靴を磨きませんか」と日本語で親しげに声をかけられたので、土産話にとやってもらうことにした。
ところが、靴磨きが終わると、最初に言った値段よりも数倍も高い値段を要求してくる。
彼は、「そんなおかしな話はない」と言いながら、あくまで最初に相手が言った値段で支払おうとして口論となった。
すると、いつとはなしに仲間の者たちがまわりに集まってきて、いかにも暴力をふるうような態度を見せる。
驚いていると、一人の靴磨きが割って入って、口々に叫ぶ仲間を押し止めながらも、彼に対してこう言うのである。


P5150260
「いいじゃないか、あなたたちは過去に悪いことをしたのだから、そのぐらいは当然だろう」
彼は、「観光に行ったのになんであんな失礼な態度をとるのでしょうか。韓国は『東方礼儀之国』ではなかったですか」と、その憤懣ふんまんを書き送って来たのだった。


P5150261
そこで、日本に文化と言えるものはない、すべて中国と韓国から入ったものを単に整理したのに過ぎない、文化を渡して上げた韓国に感謝すべきではないか―すぐにそういう言葉が口をついて出てくる。
つい最近も、そのままの決まり文句を言う韓国の大学教授と日本の作家とのぶつかり合いが、日本の雑誌で大きく取り上げられていた。


P5170262
日本が経済発展を遂げたのは朝鮮戦争のおかげであり、陶磁器の発展も豊臣秀吉の「朝鮮侵略」で多くの陶工を略奪していった結果であり、日本は韓国のよい文化をすべて取り上げていったとは、自らの歴史をかえりみようとはしない韓国人の、きまり文句のひとつである。
これが、戦後の反日教育の結果、パターン化されていった言い方であることははっきりしている。


P5170263
現在の多くの韓国人には、経済発展が遅れた自らの側の原因、陶磁器の伝統を引き継いで発展させることができなかった自らの側の原因を探ろうといった姿勢は、まったくと言ってよいほどみることができない。
そこでは、現代韓国人にとっての日本は、憎むべき相手というよりは、自分の責任を棚上げにしておいて、責任を他に転嫁てんかするさいの格好の対象となってしまっている。


P5170264



呉 善花 著 「続 スカートの風」から抜萃



trackback: -- | comment: 0 | edit

160222 韓国人は日本人をうらんでいるか 

P5150243
第2章 恨を楽しむ人びと

韓国人は日本人をうらんでいるか


個々人というよりは、韓国人一般の反日感情の質は、過去に日本の侵略を受けていかに苦しい目にあわされたかという、先祖あるいは民族の苦痛に対するものとしてある。
これを「うらみ」だと理解する日本人が多いのだが、うらみというよりは、憎しみだと言った方が近い。
したがって、相手に復讐して積年の怨恨を晴らそうという性質のものではまったくない。


P5150244
また当然のことだが、韓国人特有の、自分をみじめな位置に置いて、そうした状況にある自分を「恨嘆」するものでも、タリョンのような性質のものでもない。
不幸な自分の運命を嘆くときの、あてどころのない恨ではない。


P5150246
韓国人の反日感情は、もともと彷徨さまよえる自らの運命に対する恨が、自らの国家の運命と重なることによって、日本という具体的な対象を獲得したーーそこに出発するものだと思う。

P5150247
この感情の内容を素描してみれば、日本人は韓国人を、野蛮なやり方で痛めつけた憎むべき悪人だ、だから彼らは道徳的に私たちの下に立つべき者たちだ。
そのことを彼らが忘れないように、常にはっきりさせておかなくてはならない。
彼らがそれを受け入れなければ、容赦ようしゃなく攻撃するべきである、といったものになるだろう。


P5150248
韓国人であればだいたい、初めて会った日本人には、まず日帝時代のことを頭に浮かべ、機会をつかんで、ひとことでも国のために何かを言っておきたい気持ちを強く持っている。
たとえば、韓国駐在のある日本人ビジネスマンの奥さんが、帰国してから私にこんな話をして憤慨ふんがいしたことがある。


P5150252
あちらで韓国製の自動車を買ったのだがすぐに故障してしまった。
彼女はとてもうまく韓国語が話せるので、自ら故障の状態を販売店に説明してなおすように言ったのだが、いつまでたってもなおそうとしない。
そこで、ソウルの「消費者センター」へ相談に行った。
そのとき、窓口の者にこう言われたという。
「あなたは日本人か、ならば、あなたにそんなことを言う資格はない。日帝36年の支配で、日本人は韓国人に対して悪いことをたくさんやって来たではないか、まずそのことを謝罪すべきであるのに、韓国人を非難するような言い方は許すことができない」
いまにして思えば、私もこういう決まり文句をずいぶんと口にしたものだった。


P5150253
韓国人にとっての日本人は、常に自分たちに許しを乞うべき者であり、常に自分たちに対して下の方に位置することを忘れてはならない存在なのだ。
そこで、「下にいるべき者が下にいること」を教えてやらなくてはという欲求が働き、機会をとらえては「日帝36年云々」がでてくることになるのだ。


P5150254



呉 善花 著 「続 スカートの風」から抜萃




trackback: -- | comment: 0 | edit

160215 恨が対象を持ったとき 

P5150227
第2章 恨を楽しむ人びと

恨が対象を持ったとき


女が結婚して苦労すれば、それはいい夫に出会えなかった自分(の運命)に対する恨になり、経済力も権力もないのは、能力を持てない自分(の運命)への恨となる。
このように、恨は元々は、何か具体的な対象かあって感じるものではなく、生きることそのものに感じる、欠如の感覚だと言ってよいと思う。したがって、その原因を運命とみなして、ただただ自分自身を嘆くのである。
そこでは恨は、自分自身に対する深いコンプレックスに変わってゆく。


P5150228
このように、恨はその対象があいまいなのだが、それだけ、対象を求めて彷徨さまようものだとも言える。
そして、具体的な対象との出会いを持つことがなければ、恨はそのまま自らの運命に対する嘆きとして、自分の内面に向けて表現されるのである。


P5150229
一方、恨が具体的な対象を獲得することかある。
たとえば、個人生活が苦しいのは税金が高いためだと感じるとする。
それは、政治家の無能力のためであるし、それが個人生活にまで及んでいると考えられれば、自分を不幸にした対象がはっきりする。
そこでは、恨は「政治家」という具体的な対象を獲得することになる。
自分の恨が何によって固まるかが見えていることが、自分の運命を嘆く恨とは異なっている。


P5150232
もちろん、本当に政治家が悪いのかどうかは別の話である。
したがって、次のようなプロセスで、恨の対象が日本になってもくる。
自分が貧乏なのは韓国の経済発展がうまくいかないせいだ。
それは、朝鮮戦争が起きて多くの被害を受けたからで、そのため今日でも国防に多くの費用が費やされているからだ。
その根本の原因は南北分断をもたらした日本にあるーーー。


P5150233
このように、それが正しいか正しくないかは別にして、今日の不幸の原因をあてはめられるはっきりしたいしがある場合には、その対象に対して攻撃できるので、ストレスを解消することができ、それが自分自身のコンプレックスへと変化してゆくことはない。
そさでは、攻撃を続けている限り、恨が外に向けて表現されるからである。


P5150236



呉 善花 著 「続 スカートの風」から抜萃




trackback: -- | comment: 0 | edit