日常非日常

                                        since'11/02/20

120418 小渕首相の二千円札 

IMG03240-1


私は二千円札ができたいきさつを知らなかった。

ペマ・ギャルポ著「最終目標は天皇の処刑」に次の文があった。


ーーーーーーーーーーーーーーーー
小渕首相の二千円札
2000年7月、沖縄でG8サミット(主要国首脳会議)が開かれました。そのときに中国もオブザーバーとして招待されましたが欠席しました。理由は沖縄を日本の領土として認めたくないからです。主要国首脳会議で中国が招待されて欠席したのは沖縄サミットだけです。中国という国は長期目的に関してまったくブレがありません。

沖縄サミットの開催を決めたのは当時の小渕首相です。小渕氏は開催直前に急死したため、残念ながらその舞台に立つことは叶いませんでしたが、開催に至る過程で、私は彼のとった態度に感銘を受けました。沖縄でのサミット開催が決定して、日本では沖縄ブームとなり、沖縄のアイデンティティにもスポットが当たるようになります。しかし、その論調はといえば日本の中の沖縄という存在に疑問を呈するようなものが目立ちました。例えばサミット前、NHKが沖縄の特別番組を放送しましたが、もともと沖縄は琉球王国という国で中国の属国であったという、中国におもねるような内容でした。

そうした中で、中国が沖縄に領事館を開設することを要求してきました。しかし、小渕首相はそれについて認めるとも認めないとも答えず、その代わりにあの二千円札を発行したのです。沖縄のシンボル守礼門を日本の紙幣に使うことで、沖縄が日本の領土であることを全世界に示したわけです。


ーーーーーーーーーーーーーーーー

二千円札は発行当時は物珍しさも手伝ってか少しは流通していたが、現在ではお目にかかることはない。金融機関にはいつでも両替できるように用意されているとのことなので、窓口で両替して大いに使うことにしよう。









trackback: -- | comment: 0 | edit

120417 日本解放第二期工作要綱 

IMG03128-1


とうとう、ペマ・ギャルポ著「最終目標は天皇の処刑」の資料編「日本解放第二期工作要綱」を残すのみとなった。
どうせここにも書かれていないだろうと、サラーッと目を通すつもりで、A 基本戦略・任務・手段ーを眺めると、そこには紛れもなく捜していた文字が書かれていた。

以下、一部転載

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
資料編「日本解放第二期工作要綱」(各種のテキストを参照し国民新聞に準じたものである)

A 基本戦略・任務・手段

(1)基本戦略
 我が党(中国共産党)の日本解放の当面の基本戦略は、日本が現在保有している国力の全てを、我が党の支配下に置き、我が党の世界解放戦に奉仕せしめることにある。

(2)解放工作組の任務
 日本の平和解放は、下の3段階を経て達成する。
 第1期目標 我が国との国交正常化
 第2期目標 民主連合政府の形成
 第3期目標 日本人民民主共和国の樹立———天皇を戦犯の首魁として処刑
 田中内閣の成立以降の日本解放第2期工作組の任務は、右の第2項、すなわち「民主連合政府の形成」の準備工作を完成することにある。

(3)任務達成の手段
 本工作組の上記の任務は、工作員が個別に対象者に接触して、所定の言動を、その対象者に行わしめることによって達成される。すなわち工作者は最終行動者ではなく、隠れた使嗾者見えざる指揮者であらねばならない。以下に示す要領は、全て対象者になさしめる言動の原則を示すものである。
 本工作の成否は、終始、秘密を保持しうるかどうかに懸かっている。よって、工作員全員の日本入国身分の偽装、並びに工作上の秘密保持方法については、別途に細則を以て指示する。



trackback: -- | comment: 0 | edit

120410 最終目標は”天皇制の廃止” 

IMG03127


ペマ・ギャルポ著「最終目標は天皇の処刑」の第3章最終目標は”天皇制の廃止”ーを読み進め、とうとうこの章を読み終えたのだが、このことに関する記述はなかった。
注意深く読んでいたので読み落とすはずが無いので、ひょっとすると第4章アメリカの思惑、中国の野望ーかと思って読んだがない。
第5章今日本は何をなすべきかーかと読み進めたがここにもなかった。
とうとう、終わりに—まで読んだが触れられていなかった。


trackback: -- | comment: 0 | edit

120402 中国による侵略で死んだチベット人の数 

IMG03120


ペマ・ギャルポ著「最終目標は天皇の処刑」に書かれている中国による侵略で1959年から79年までの間に死んだチベット人の数

ーーーー以下抜粋引用


チベット亡命政府は、中国による侵略の結果として1959年から79年までの間に死んだチベット人は、120万人以上になるとしています。
内訳は次の通りです。

○ 戦闘や蜂起によるもの 432,705人
○ 餓死         342,970人
○ 刑務所、強制労働収容所での死 173,221人
○ 処刑         156,758人
○ 拷問死         92,731人
○ 自殺           9,002人

合計           1,207,387人

この数字は4半世紀以上前のものであり、87年や89年、あるいは北京オリンピック直前の2008年に起こった大規模蜂起での犠牲者は含まれていません。



trackback: -- | comment: 0 | edit

120323 最終目標は天皇の処刑 

P1010667-1
Panasonic LUMIX DMC-G1 LUMIX G VARIO 14-45mm/F3.5-5.6 ASPH/MEGA O.I.S.


「最終目標は天皇の処刑」という、衝撃的な題名の本があった。
ペマ・ギャルポ氏が飛鳥新社から出している。

ペマ・ギャルポ氏は、桐蔭横浜大学法学部教授、岐阜女子大学名誉教授、拓殖大学海外事情研究所客員教授、ブータン王国政府首相顧問を務める。

中国「日本解放工作」の恐るべき全貌、と副題が付いている。



trackback: -- | comment: 0 | edit