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150505 IMF敗戦を経て、韓国はいまーー貧困層の拡大と中間層の没落 3-3 

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150505 日本なくして韓国なし

IMF敗戦を経て、韓国はいまーー

貧困層の拡大と中間層の没落
3-3

99年の暮れにソウルでタクシーに乗ったときのこと。
運転手は赤信号なのに平気で交差点を通過するので、「危ないじゃないの」と私は文句をいった。すると運転手は「赤信号でいちいち止まっていたんじゃ、いまどき仕事になりませんよ」という。


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そして、「瞬間あたりを見てパトカーがいないか、道を人が渡っていないかを確認して走っているのだから、そういわないで欲しいな。お客からそんなふうにいわれると余計にストレスがたまっちゃうよ」といい、景気の悪さへの憤懣ふんまんをぶつける。
「政府の発表では景気はよくなっているというけど、景気の良し悪しはタクシーをやっていると一番よくわかるんだ。いったい、どこがよくなってるっていうんだい。ますます悪くなってるじゃないか。こんなにして走ってるのに食べていけるかどうかなんだから」


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また翌日、朝の10時頃にタクシーに乗ると、運転手はニコニコしながら、「いやー、日が昇る前から走っているのに、まったくお客がいなくてね。あなたが今日はじめてのお客さんですよ」と話がはずんた。

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職を失ってたちシー運転手になる人が多く、タクシー自体と増えているのだけれども、客の方はいっこうに増えず、空車のタクシーがたくさん走っている。

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呉 善花 著 「反日」を捨てる韓国 より抜粋



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150123 新版あとがき 5-5 

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本年3月11日の「東日本大震災」では、かつてない大きな衝撃と深い悲しみに襲われた。
いうまでもなく、日本は歴史的に数多くの大震災にあってきているが、そのたびに改元かいげんが行われ、精力的な「世直し」がなされてきた。
黒船来航の翌年、1854年に起きた安政大地震は3万名の死者を出す大惨事となったが、翌年には江戸直下の大地震が起き、そのわずか13年後に明治維新という大革命が成し遂げられている。


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今年は現代の維新、「日本世直し」へと向かうはじまりの年としなくてはならない。
個人的にも、今年は韓国生活よりも日本生活が長くなる年でもあり、「人生再出発」の年だと思っている。
日本人として、なんとしても日本復興のお役に立つようなことがしたい。
そして、できうれば近い将来、新しい真の日韓関係の時代が開かれることを心から期待したい。

平成23年5月5日
                                呉 善花


  

呉 善花 著 私は、いかにして「日本信徒」となったか より抜粋


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150122 新版あとがき 4 

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日本生活が深まる一方で、韓国の「呉善花叩き」は一向に止まらない。
韓国のテレビで「呉善花つぶし」を目的とする1時間の特番もあった。
そのため、数日間私の住居の周りに取材陣が張り付き、まことに失礼な一方的取材攻撃で大変な迷惑を受けた方もあった。
最近では、マスコミに加えてインターネットを利用した悪質な非難が増えている。
ほとんどが批判とはいえない、人をおとしめる「捏造・でっちあげ」や汚い侮蔑言葉に満ちたものだ。


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韓国で反国家的要注意人物とされていることから、政治的な身の危険性もあり、日本にすっかりなじんでの生活を生涯続けたい思いが強く、この間に日本に帰化した。
間もなくの2007年11月に日本人のパスポートを持って母の葬儀に向かったのだったが、済州島の空港で入国禁止の措置がとられた。
外務省関係・領事館などを通しての延々たる交渉の結果、国家情報院に「反国家的な活動をしない」との念書を書かされ、葬儀参加だけの特別許可とする入国となり、早々に帰国させられた。
以後、韓国へは行けないままでいる。


  

呉 善花 著 私は、いかにして「日本信徒」となったか より抜粋


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150117 新版あとがき 3 

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私生活の面では、9年ほど前に東京から近くの温泉地背後の山腹に、小さな和風の家屋を建てた。
そこに、猫の額ほどのものではあるが、長い間の念願だった和風の庭を自分のデザインで造ることができた。
リビングからの、海原をオレンジ色に染めながら昇る朝日の景観が素敵だ。
私の生まれ育った済州島の実家近辺で臨める朝日の景観にそっくりで、見るたびに故郷を想い出している。


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3年ほど前には、以前より少し広い新宿・都庁近くのマンションへ引っ越した。
部屋を少々改造して2畳ほどの茶室を造り、たまにお客様をお招きしてお茶会を催し交流の場としている。
また、茶室のなかに神棚と仏壇を隠し設けている。
壁に仕込まれた戸を開けば、日々神仏に祈りを捧げ、亡き父母を想うことのできる聖なる場所へと変身する工夫である。


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今度のマンションのベランダにも和風の庭を造っている。
天気の良い日はリビングの先の庭の彼方に、富士山が小さくも奇麗な姿を見せてくれる。
毎年2月1日の午後5時、富士山の真上に落ちる夕日がダイヤモンドのように輝く。
太陽の神様、富士山の神様、そうした日本の神々に手を合わせる。
今やすっかりそういう自分になっている。


  

呉 善花 著 私は、いかにして「日本信徒」となったか より抜粋



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150115 新版あとがき 2 

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余裕は1年と少々、それまでに講義の準備を整えなくてはならない。
それで猛勉強をすることになり、それまでの日常が一変した。
大学の講義・業務に加えて講演や取材の予定が多く、じっくり家にこもる時間がほとんど取れないなか、関連書物を読み、ノートを取り、講義内容をまとめていく。
それらの作業を、あるときは食事をしながら、あるときは電車に乗りながら、また飛行機や新幹線で移動しながらと、まさしく寸暇を惜しまず推し進める日々が続いた。
こんなことになるなら引き受けなければよかったと何度思ったことか。
でも、私はいつもそうだった。
せざるを得ない状況に自分を巻き込むことで、未体験の領域へ突入していく、これが自分のやり方だということを今回も強く実感した。


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大学では4年ほど前に、サークル活動として茶道部を新たに立ち上げた。
伝統ある流派の家元から師範を派遣していただいての稽古である。
たくさんの日本人学生が男子、女子に関係なく夢中になっていく姿を、またその立ち居振る舞いがみるみるうちに立派になっていく様子を目にするたびに、若者たちを主人公とする「古き良き日本探しの時代」を強く感じさせられている。


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大学の仕事は週に3日間を費やし、4日間は講演と原稿書きや取材などの執筆活動に目いっぱい使っている。
講演は年に70〜百回ほどだろうか。
全国を飛び回り各回・各分野の方々と接するので、新しく出会った人と場所を通して得られる知見や情報には膨大なものがある。
呼んでいただいて自らの糧が豊かになるのだから、本当に有り難いことだと思う。


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また昨年からは、いくつかの県で私を講師とする「呉善花塾」が立ち上がっている。
塾生には社会の第一線から退かれた方も少なくなく、勉強となれば「生涯現役」だという方々が日本にはいかに多いかをあらためて知らされている。


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これまでに出版した著書は、共著と文庫を除いた単行本で32冊となった。
最近では日本文化や日本人についての評論集が多く、講演でも同様のテーマの依頼が多くなっている。
大人たちの間でも「古き良き日本探し」がいたって盛んなようである。


  

呉 善花 著 私は、いかにして「日本信徒」となったか より抜粋



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