日常非日常

                                        since'11/02/20

140228 問題を棚上げしようという提案 

P9070794
問題を棚上げしようという提案

保阪 東郷さんも第一部で書いていましたが、尖閣諸島を語るときにふれなければならないのが、周恩来と鄧小平の発言だと思う。1972年9月27日に行なわれた田中角栄と周恩来による第3回日中首脳会談の時周恩来は、尖閣諸島は石油がでるから問題になったのであって、そうでなければどこも問題にしないのだから、今はこの問題を話題にしないと発言しました。また1978年、日中平和友好条約の締結の時は鄧小平が、8月10日北京で条約の署名を前に園田直外務大臣に対し、次の世代がよい方法を探すだろうと言い、批准のために来日したさいには、10月25日に日本記者クラブで行った会見で、日中双方に食い違いがあるが、今はこの問題は棚上げにして、次の世代に任せようと言いました。

東郷 更に、1979年5月31日に、鈴木善幸氏が訪中する。当時の鈴木善幸氏は大平正芳総理に非常に近い人物でした。そこで鄧小平は、主権の問題はとりあえず横に置いておいて、尖閣地域における資源の共同開発を考えたらどうかと提案している。

保阪 やはり尖閣問題を最終的に収めるためには、油の問題についての処理を日中で合意する必要がありますね。そうはいいつつも中国は、現実には少しずつ既成事実を積み重ねてきましたし、自らの論理を一歩ずつ前に進めているように思います。



保阪正康・東郷和彦 著  日本の領土問題 より抜粋




trackback: -- | comment: 0 | edit

140227尖閣諸島がはらむ危険性 

P9070793
尖閣諸島がはらむ危険性

保阪 尖閣諸島は、今はとりあえず「領土問題」ですが、これを「歴史問題」あるいは「政治問題」にしないような努力が必要な問題だといえます。

東郷 そうですね。逆にいうと、「歴史問題」「政治問題」になりそうな危険性を孕んでいるということです。

保阪 先ほど竹島問題についてふれたとき、これは日韓衝突になりかねない問題だという話が出たが、尖閣諸島においてもそれが「歴史問題」「政治問題」に変化したときに日中関係が悪化したら、尖閣諸島がその象徴として扱われることになるでしょう。

東郷 日韓関係については、最悪のシナリオを含めて、韓国政府の発想とか出方はある程度見えると思います。しかし今の中国に関しては、見えないところが余りにも多いといえましょう。

保阪 そうですね。どこまでやるか、予想できない。だからそういう意味でも尖閣諸島を「政治問題」化させないように注意しなければならないと思う。そもそも尖閣諸島問題というのは、この付近から石油が出るというところから始まったわけですから。

東郷 そうですね。本来は石油に関しての話が、歴史的な日本の対中国侵略の象徴という形になってしまったら、収拾がつかなくなってしまいます。

保阪 その危険性をこの問題は孕んでいるわけです。もう一つ、尖閣諸島は台湾の領土であり、台湾は中国の一部だから、という論もあります。

東郷 台湾は台湾で尖閣諸島の領有を自らの主張として出しています。中国にとっては台湾のことは、その尖閣領有の主張を含めて国内問題ですが、台湾の立場はまた違っています。日本にとっては、中台双方と話をするのかという問題があります。政府としてそれはできなくても、民間の研究者の間ではまた別です。



保阪正康・東郷和彦 著  日本の領土問題 より抜粋




trackback: -- | comment: 0 | edit

140225 竹島共存の道と近現代史教育 

P9070789
竹島共存の道と近現代史教育

保阪 竹島問題に関して、衝突回避措置、文化的な交流、アカデミックな議論といくつかアイディアが出てきました。民間からのアプローチと、政府がやらねばならないことのミックスと言ってもよい形の模索でしょうか。


東郷 私の承知する限り、政府が何かしようとしても、韓国内部で議論が爆発する危険性があって、とても話し合いの進め方は難しい。

保阪 韓国の国民におけるものすごい感情論からすれば、韓国政府がなんらの知恵を働かせることは難しい。

東郷 さればと言って、政府が今ならできることをほうっておいて良いとも思えない。太平洋戦争の結果、日本が実力行使がまったくできないほど弱っている状況の中で、韓国は竹島に軍隊を送り込んできた。それに至る過程には日帝の35年支配というのがあり、その最初のステップとしての竹島の領有というのがあり、戦後の韓国における日帝全否定という思想の流れがあった。

保阪 日本としては手の打ちようのないものとして戦後ずうっと竹島と共存してきた。そのことを忘れて、今から本来の筋からいえば日本の固有の領土だろうという議論だけで、それで韓国と事を構えようと思っても、まず事態は容易に動かない。

東郷 では、どうするのかっていうことです。たいへん難しいけれども、やっぱりここまできてしまった竹島に対し、韓国と共存しながら日本の筋を通していくというようなやり方を考えるしかないのではないか。

保阪 ただ東郷さんも言っておられるように、竹島問題に関しては、日韓の温度差があまりにありすぎるのが気になります。韓国側は独島憧憬論という熱烈なる竹島に対する思いがあるが、一方日本ではこの問題に関する関心が薄い。北方領土や尖閣諸島に比べても、更に薄いところがある。今のままだと、仮に学者間の冷静な議論が進んでも、少人数のアカデミックなもので終わってしまう。やっぱりもっと国民的な関心事としての共存を考えないといけないのではないか。

東郷 ネットで見る反韓感情や、島根県の一部世論など、一般世論から少し突出しているところはありますか。

保阪 島根県の人に聞いても、島根県の漁業関係者と一部の保守派が一生懸命なだけで、自分たちは関心がないという人がかなりいます。関心のある人はといえば、竹島問題を解決することが現実的に日本の国益とどう結びつくのかという冷静な分析より、むしろナショナリスティックな高揚感でこの問題をみている人が多いと思う。

東郷 解決策の一つはやっぱり教育ではないか。竹島問題だけというより、日本の近現代史をちゃんと教えていないという戦後日本の教育の致命的な欠陥を是正する、その中で竹島問題をしかるべく位置づける。今日本がかかえている三つの領土問題の最低限の歴史的背景を正しく国民に知ってもらうことが不可欠だと思う。

保阪 それと、日本の意見を国際的な場で正確に発信することです。領土問題や歴史問題に関してやたらと威勢のいい発言をする評論家とか文筆家とかがいるが、海外ではそうした意見がどう見られているか、考えるべきでしょう。

東郷 そういう点では韓国でも中国でも若い世代からどんどん海外に出て行きます。まさしく戦後日本が失ったものといった感じです。



保阪正康・東郷和彦 著  日本の領土問題 より抜粋



trackback: -- | comment: 0 | edit

140203 とりあえずのまとめ 

P9010763
とりあえずは、2010年9月30日付の「朝日新聞」に投稿した拙稿を再録しておきたい。

領土に関する立場を堅持しつつ、あらゆる外交的手段を尽くして武力衝突を回避するための施策をとらねばならない。……日本政府はいま、尖閣諸島をめぐって「領土問題は存在しない」と言い続けている。これは冷戦末期、ソ連のグロムイコ外相が北方領土問題で日本に対し言い続け、私を含む当時の日本人が皆、激しい屈辱感と怒りを感じた表現である。

……武力衝突を視野に入れたぎりぎりの外交をするときに「グロムイコの屈辱」を中国に味あわせることはやめねばならない。前提条件なしに、双方が言いたいことは率直に言い合う外交努力こそ、いま求められている。
(「『領土問題ない』の再考を」「朝日新聞」2010年9月30日)



保阪正康・東郷和彦 著  日本の領土問題 より抜粋





P9010767

北方四島は、1855年日露和親条約により択捉島と得撫島の間を国境線とし、1875年樺太・千島交換条約締結後、「千島国」と定められていた国後島・択捉島に、得撫島以北を編入し、国後島から占守島までが千島国となり、日本人が住んでいた。
1945年8月14日日本がポツダム宣言の受託の決定をした後、1945年8月28日からソ連が北方領土に上陸して占領した。
尖閣諸島は、隣国清国などいずれの国にも属していないことを慎重に確認した上で閣議決定し1895年1月14日沖縄県に編入したが、 中国人が住んでいたことはないし中国の領土であったこともない。
中国政府は1971年以降領有権を主張しだした。

このような過去の経緯から、日本が味わった「グロムイコの屈辱」を中国にも味あわせることはやめねばならない。ーという考え方には疑問を感じる。



trackback: -- | comment: 0 | edit

140201 尖閣問題がはらむ危険性 

P9010757
尖閣問題がはらむ危険性

以上の状況を総括すると、日本側は、①なんといっても尖閣諸島の実効支配を19世紀の末から間断なく続けていること、②戦後処理を含めて日本の法的な立場には圧倒的な優位があること、
③中国側には、様々な考慮がありうるとしても、当面は、尖閣問題で徹底的に日本とことをかまえる様子が見られないことなどにより、いわゆる「現状維持政策」は、まだやめていないように見える。

しかしながら、前記のように、中国にしても、台湾にしても、彼らから見た尖閣問題は、日本帝国がその力をアジアにおいて拡張した時代の記憶と結びついている。
その観点から見た時、恐ろしい事態が現出する。
それは、竹島と尖閣の領有の過程が、あまりにもよく似ているということである。

この問題がもっている危険性を最も速く活字で読んだのは、2011年2月の島根県の竹島問題に関する調査研究勉強会の第二期中間報告の中における、下條正男氏の次の見解であった。


P9010758

尖閣諸島が日本領となったのが、日清戦争最中の1895年1月14日。
これは日露戦争中の1905年1月、「無主の地」であった竹島が日本領に編入されたのとその経緯が酷似している。
竹島も尖閣諸島も、戦時下で日本領となり、「無主の地」を日本が先占したという共通性から、日本による侵略といった歴史認識に結びつきやすいのである。
(http://www.pref.shimane.lg.jp/soumu/web-takeshima/takeshima04/takeshima04-02/imdex.data/-01.pdf 2011年9月2日)


まったくそのとおりである。
しかも、下條氏があえて言及していない重要なポイントがもう一つある。
竹島の領有は5年後の韓国併合の前座と解釈され、韓国人の激昂をかっている。
尖閣の領有は、3ケ月後の4月17日下関条約による台湾併合の前座とみなされうる時期にあるということである。

インターネットの時代である。
この相似形が「尖閣諸島問題は、歴史問題である」という爆発を起こす前に、日本外交になすべきことはないのか。

いてもたったもいられなくなるような、外交上の不作為を、いま日本はしているのではないだろうか。



保阪正康・東郷和彦 著  日本の領土問題 より抜粋




trackback: -- | comment: 0 | edit