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                                        since'11/02/20

「余計なお世話」でも「やってあげた」でもなく、「利害の一致」だった 181111 

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第4章 日韓相互理解への道
 
2︎⃣ 事実を踏まえて大局から歴史を見つめる

「余計なお世話」でも「やってあげた」でもなく、「利害の一致」だった


韓国人がいかに過去にこだわるかお分かりになったと思います。

歴史は枝葉末節にスポットを当てればいくらでも歪曲できます。

彼らが過去にこだわる以上、日本も真摯に過去を見つめなおし、枝葉末節ではなく大局的見地から歴史をしっかり捉え、事実に基づいて反論すべきは反論して、彼らの一方的な思い込みを取り去らなければなりません。

大局的認識さえ共有できれば、戦後の日韓関係をリセットし、再スタートできるはずです。




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そこで、日本統治下で朝鮮の変化、そして日本はそれにどうかかわったのか、大局的視点からまとめておくことにします。


19世紀末に至っても、李氏朝鮮は清の冊封体制に組み込まれた中世国家のままでした。

李朝社会はインドのカースト制も顔負けの厳密な身分制度が敷かれており、上から順に王族、両班、中人、常民、賤民に分かれていました。

さらに賤民は奴婢、芸人、医者、巫女に分かれ、その下に白丁がありました。

奴婢は公賤と私賤とに分かれ、私賤はほとんどが婦女子で、併合当時でも一定の金額で売買されていました。

韓国ドラマ「チャングムの誓い」は奴婢に落とされた主人公が成功して国王の主治医になる話ですが、これほど厳しい身分差別があった社会のなかで、そのようなことはあり得ません。

時代考証がまるでなっていないドラマです(韓国内でもそのような批判があります)。




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このように、儒教思想に基づいてがんじがらめに縛られた社会体制のなかで、李朝末には支配階級である両班が人口の半分を超え、その下で気力のえた人民がその日暮らしを送っていました。

為政者は民百姓を奴隷化して生殺与奪をほしいままにしており、李氏朝鮮の社会体制を朝鮮人自身がくつがえすことは到底不可能でした。




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併合当初の10年間は、「憲兵警察が強権をふるった武断政治」として一般にマイナス評価されています。

しかし、朝鮮の近代化のためには旧体制を完璧に打破するための手術が必要でした。
それには痛みが伴います。

当然ながら、体制変革で特権を失う人々もたくさんいました。
彼ら不満分子があちこちで抵抗し、反乱も起こりました。

このように社会秩序が不安定な過渡期において、近代化を推し進めるためにはある程度の強権発動は必要だったはずです。

李榮薫著『大韓民国の物語』には次のような話があります。

「ある村の前を通る道路を整備するために労働力が動員されました。それまでは両班一族の子弟はそのような賦役ぶやくを免除されていました。しかし日本人の官吏はもはやそのようなことを許しませんでした。両班一族の子弟たちもシャベルを持って道路に出てきて土を掘って運ばなければなりませんでした。このようなことが繰り返されるうちに自然と両班と平民とが言葉を交わす平等な時代が訪れたのです」


このように、朝鮮総督府が断固たる姿勢を貫いたことで身分制度も崩すことができたのです。




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さらに金完燮は『親日派のための弁明』(草思社)のなかで、朝鮮の近代化において日本が果たした役割を次のように明確に指摘しています。

「もし私たち自身が立憲君主国家をつくり、長い歳月をかけて近代化をこころみたとしても、当時の朝鮮の文化、社会制度、理念といった精神的な装置は堅牢で、私たち自身の手では壊せなかった。500年という長きにわたってつくられ改められ、ととのえられた精巧な体制だったから、すこしくらいの変化と衝撃ではびくともしない。日本という異民族の統治を受けたがゆえに、かくも短期間に前近代的な要素を徹底して破壊し、そのうえに新しい社会を移植できたのだ」




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旧体制を一掃するための手術が終わり、朝鮮社会が安定してくると「強権発動型統治」は必要なくなります。

朝鮮総督府は社会の安定度と近代化の進展状況に合わせて統治のやりかたを変えながら、朝鮮の人々と協力して、極めて短期間のうちに朝鮮の体制を暗黒の中世から近代法治社会に作り替えたのでした。


韓国の人は、「別に日本に近代化してくれるように頼んだわけではない」
「自分たちで近代化できたのに余計なお世話だった」というかもしれません。

近代資本主義の萌芽がすでに李朝時代にあったのに、日本がそれを摘み取ったと非難する韓国の学者もいます。




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これも朴殷植が『朝鮮独立運動之血史』のなかで、「日本人が30年でできるなら、朝鮮人は10年でできる」と書いたことに基づいているのでしょう。

しかし、朝鮮での近代資本主義の萌芽については、ハーバード大学教授で朝鮮史の専門家であるカーター・J・エッカードが『日本帝国の申し子』(草思社)のなかで、次のように指摘しています。

「彼らのいう国内の経済的変化が、李朝社会の基本的構造を変えたという明白な証拠はない。それどころか、最も信頼性の高い証拠は全く逆の結論を示している。つまり、李朝社会は最後の最後まで少数の特権階級である閔一族のような地主によって支配されていたということだ。歴史的に見て、資本主義の萌芽が李朝にあったという事実が重要になるのは偏狭なナショナリズムを正当化するときだけである。そのような偏狭な考え方が第三者の興味をそそるはずがなく、朝鮮の歴史とも関係がない」




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あらゆる「思い入れ」を排し事実のみを冷静に見た場合、朝鮮が自ら近代化を遂げることは、残念ながら不可能でした。

その理由を整理してみます。

(イ)がんじがらめの李朝体制を自ら打破することは不可能だった。
(ロ)資本の蓄積もなく、資本主義の萌芽などどこにもなかった。
(ハ)発展性のある大規模な市場が国内になかった。
(ニ)近代資本主義に不可欠な工業技術が全くなかった。
(ホ)港湾、道路、鉄道などのインフラを整備するための資金がなかった。
(へ)近代化を進めるための人材が決定的に不足していた。




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それでも、大部分の朝鮮人は近代化を望んでいたはずです。

「20世紀初頭において朝鮮は近代化の必要がなかったか?」と現在の韓国人に問えば、答えは「ノー」でしょう。

ならば、外国の支援によって、場合によっては外国と一緒になってでも(現代で言えばアメリカの一州になってでも)、近代化を達成する以外にありません。


しかし、欧米やロシアは近代化どころか朝鮮の植民地化を狙っています。

残るのは日本しかないでしょう。

朝鮮の人々は悩みに悩んだすえ、苦渋の選択として日韓併合の道を選ばざるをえませんでした。

一方、日本としても朝鮮が近代化できないままロシアや欧米の植民地になってしまったら国防上「万事休す」であり、独立すら危うくなります。

本来なら朝鮮が自力で近代国家を形成して清から独立し、近代的軍隊を作ってロシアの侵略を防いでほしかったのです。

それならば、日本は日清戦争や日露戦争であえて血を流さなくてもすみました。




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しかし、朝鮮独自の近代化は困難であり、日露戦争で日本が勝利しても、ほうっておけばいずれ朝鮮半島は南下政策を続けるロシアや欧米の餌食となって、日本にも脅威が及ぶことが見えていました。

それならば、日本がお金も人も出して朝鮮に近代化してもらう以外にありません。

それでも自ら近代化できなければ、日本の一部に抱え込むことも止むをえない状況でした。

ここにおいて両者の利害は完全に一致し、やがて併合へと進んだのです。

併合後、朝鮮はこのあと述べるような驚異的発展を遂げ、日本も独立を守りとおすことができました。

日本による朝鮮統治は「余計なお世話」でもなく「やってあげた」でもなく、両者の利害が一致した結果だったのです。




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しかしながら、近代化のために必要とはいえ、朝鮮は「国の独立を失う」という大きな代償を払うことになり、日本も第2章で述べたような巨額の負担をいられました。

日韓併合は両国にとって、生き残るためのぎりぎりマイナスの選択だったのが歴史的事実でしょう。



松木国俊 著 ほんとうは、「日韓併合」が韓国を救った! から抜萃



撮影機材
Nikon F801


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181025 永久に祖先の罪から逃れられない国 

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第4章 日韓相互理解への道

1︎⃣ 日韓の文化に違いがあることを知る

  永久に祖先の罪から逃れられない国


このような韓国の文化風土のなかで、過去は何百年も引きずられ、犯罪を犯した当事者はおろか、子々孫々にわたって「祖先の罪」から逃れることはできません。

韓国の名所旧跡などを日本人が訪れると、韓国人のガイドが必ず「豊臣秀吉」の非難をはじめます。
「この寺も秀吉軍に破壊された。あっちの文化財も燃やされた」としつこく説明するのです。

その顔には「あなたたちはその子孫なのだから反省しなさい」と書いてあります。
「秀吉への恨み」は冗談ではなく本当にまだ残っているのです。




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2004年(平成16年)には韓国で、「親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法」なる法律が可決されました。

この法律に基づいて、「親日反民族行為真相糾明委員会」がリストアップした親日派人士(ほとんど故人)の子孫から「親日行為で入手した相続財産」を没収することになったのです。




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近代国家では法律は過去に遡及しないのが当たり前です。
それも、その人自身ではなく、その人の父や祖父が昔「親日派」だったという理由で相続財産を没収するなど信じられません。
まるで、李氏朝鮮時代に戻ったようです。

おまけに「親日派」の基準があいまいで、韓国の国歌の作曲家がリストアップされたり、私が尊敬する朴正煕元大統領まで日本軍歴があるとして指定されそうになり、韓国内は騒然となりました(朴元大統領は”軍人の場合は中佐”以上と修正されて外されました)。




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結果的に、土地を主体に200億円近い財産が没収されましたが、韓国で「犯罪者の子孫」に対する同情の声はほとんど聞かれませんでした。

日本に協力した人々の子孫ですらこのありさまです。
まして、私たち日本人は「残虐な加害者の子孫」であり、いくら謝罪したところで永遠に許されるはずがないでしょう。


松木国俊 著 ほんとうは、「日韓併合」が韓国を救った! から抜萃



撮影機材
Nikon FA


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181009 いくら謝っても韓国は決して許さない 

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第4章 日韓相互理解への道

1︎⃣ 日韓の文化に違いがあることを知る

  いくら謝っても韓国は決して許さない


いろいろ書いてきましたが、わたしが一番強調したい韓国人の特性は、「過去を絶対に水に流さない」ということです。

なぜなら、わたしがこの本を書いた目的が「日韓の相克をどう乗り越えるか」であり、これを知っておくことが「日韓の相克」を克服するために不可欠だからです。



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これまで日韓の軋轢は、常に過去の歴史を巡って表面化してきました。
そのたびに日本の政治家は、「過去はいさぎよく謝罪するから未来志向で協力しよう」といって深く考えもせずに謝罪し、一方で「日本はいいこともした」と率直に真実を語る政府高官がいれば、歴代内閣は慌てて発言者の首を飛ばしてきたのは前に書きました。



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しかし、ぜったいにそれでは「日韓の相克」を乗り越えることはできません。
その場しのぎの謝罪で上辺だけを取り繕っても、なんの解決にもなりません。

事実、日本は田中角栄首相の中国訪問以来、菅直人首相の日韓百年謝罪談話に至るまで、36回も韓国や中国などへ謝罪を重ねています。
それで少しでも関係が改善したでしょうか。



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むしろ、「非を認めた以上、行動で示せ」と、相手の要求はどんどんエスカレートするばかりです。
さらに「余罪」が追求され、日本の立場はますます悪くなり、結果的に中国や韓国との関係は悪化の一途を辿りました。

「過去については潔く謝る」という日本独特の美意識で頭を下げても、その美学は相手に通じません。
「謝罪」で過去を消すことはできないのです。



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「日本統治時代に日本はひどいことばかりした」と韓国の人々が信じているかぎり、韓国が日本を許すことは金輪際ありえません。

これは断言できます。
将来の日韓関係においても、「ひどい目にあわされた過去」を踏まえたうえでのおつきあいを韓国は求めているのです。



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このことは中国についても全く同じです。
中国の主席が必ず「歴史をかがみにして将来の関係を築く」というのは、「過去、中国に被害を与えた日本は中国に永久に贖罪意識を持つべきであり、中国に逆らってはならない」ということを別の言い方で言っているに過ぎません。



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過去を「水に流せる文化」と「流せない文化」、ここが日本文化と韓国文化(中国も同じ)との根本的違いであることをしっかり認識しなければなりません。


松木国俊 著 ほんとうは、「日韓併合」が韓国を救った! から抜萃



撮影機材
Nikon FA


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180921 韓国人の押しの強さは世界一 

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第4章 日韓相互理解への道

1︎⃣ 日韓の文化に違いがあることを知る

  韓国人の押しの強さは世界一


感情表現がストレートであるということは、押しの強さにつながります。
相手の腹を探りながら出方を決めるといった複雑な駆け引きが苦手な分、とにかく「押せ押せ」でやってきます。

これは恋愛においても同じであり、一旦女性を好きになればプッシュプッシュで押しまくります。
「自分なら必ず幸せにしてみせる」とはっきり断言して、夜も昼もあらゆる手段でコンタクトしてきます。
ストーカーとは違います。
これこそが男らしいのです。



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最近、韓国の男性と結婚する日本女性が増えているようですが、たいていは韓国男子の押しの強さに圧倒されて結婚に至るケースが多いようです。
日本の「草食系男子」に、韓国男子の爪のあかあかでもせんじて飲ませるべきでしょう。

これは外交でも同じことです。
「相手をひっぱたいた後握手してくる」老獪ろうかいな中国と違って、韓国の外交はプッシュプッシュばかりです。
竹島問題を見ても、日本が摩擦を避けて自制しているうちに軍隊を上陸させ、ヘリポートを築き、軍事施設を作り、韓国人に住民登録をさせ、観光団体を送り込むといったことを平気でやってきます。
国対国となれば、日本人の気持ちなど全くお構いなし。
どこまでもとことんやってきます。
こちらが押し返してはじめて、相手は限度に気付くのです。



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そのような相手に対しては、簡単に引いてはいけません。
「日本の一方的譲歩」は「韓国の一方的勝利」なのです。
やはり、日本政府にも韓国政府の爪の垢を煎じて飲んでもらわねばなりません。



松木国俊 著 ほんとうは、「日韓併合」が韓国を救った! から抜萃



撮影機材
Nikon FA


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180902  韓国人の口喧嘩は自分の言いたいことを怒鳴りあう 

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第4章 日韓相互理解への道

1︎⃣ 日韓の文化に違いがあることを知る

韓国人の口喧嘩は自分の言いたいことを怒鳴りあう


第3章までをお読みになった皆さんは、反日教育を受けた韓国人と自虐教育で育った日本人の歴史観が、いかに真実からかけ離れた歪んだものであるかを実感されたと思います。
そして、でっち上げられた歴史を突き付けられて謝罪を繰り返すことが、相互理解をどれだけはばんでいるかもお分かりになったでしょう。

では、日韓がこのようないびつな関係を清算して、本当に相互理解を可能とする道があるでしょうか。
それには、日本と韓国の文化の違いをしっかりと把握することからまずはじめる必要があります。



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韓国の人々は悲しいときには思いっきり泣き、嬉しいときには腹から笑い、気に入らないとかっとなって怒り出します。
村田英雄の演歌「皆の衆」を地で行く、実に分かりやすい民族です。

直情的であり、激情に走りやすく、喧嘩がはじまるとものすごいことになります。
アジュモニ(おばさん)同士の喧嘩などは、まさに町中に響き渡るような大声のののしり合いになります。
しかも、よく聞いていると彼女たちは相手の言っていることを全く聞いていません。

日本人なら相手の言うことを聞いて反論するところですが、韓国人の口喧嘩は相手の言うことはお構いなしで、それぞれ自分の言いたいことを怒鳴りあっているだけです。
したがって、日本人が韓国人と口喧嘩してもまず勝てる見込みはありません。
感情表現がストレートなのは心が純粋だからでしょう。



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私には韓国に多くの友人がいますが、日本人より義理堅く、友情を大切にしてくれます。
日本では会社を辞めると途端に付き合いのなくなる人が多いですが、韓国ではまずそれはありません。

「俺はお前の会社と付き合ってきたのではなく、お前自身と付き合ってきたのだ」と言って、会社の看板が外れても全く変わりなく付き合ってくれます。

受けた恩は忘れず、細やかな情があり、「相手が困難な時には自分を犠牲にしてでもこれを助ける」という多くの日本人が今では失ってしまった熱い正義感が、韓国人にはがっちりと宿っているようです。



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一方、感情をストレートに出す韓国人から見ると、日本人は非常に「冷酷」な人間に見えるようです。
呉善花が『生活者の日本統治時代』(三交社)という本に書いていますが、金洙容という映画監督から聞いた話として、次のようなものがあります。

「最近も日本と韓国で共同で映画を作ったことがあります。そこでの母親が亡くなった時のシーンですが、韓国人の娘は息が切れるほど泣きます。しかし、日本の娘は後ろを向いて涙を拭くくらいしかしないのです。人間なのに、自分の母親が亡くなったのに、どうして悲しくないのか全くわかりません」



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日本人は悲しみを胸のなかに必死で抑え込み、それでも抑えきれずに溢れくる涙をそっと拭く。
周りの人はこれを見て、その人の悲しみの深さを理解する。

それが日本人です。
韓国の人にも是非わかっていただきたいと思います。



松木国俊 著 ほんとうは、「日韓併合」が韓国を救った! から抜萃



撮影機材
Nikon FA


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