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180413 民間の斡旋業者が募集し、民間の売春施設に送られた 

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第3章 「従軍慰安婦」強制連行の虚構を暴く

2︎⃣「慰安婦」とはどんなものだったのか

 民間の斡旋業者が募集し、民間の売春施設に送られた


これまで「従軍慰安婦」を巡る歴史の歪曲と捏造に反論してきましたが、では「慰安婦」とは実際どのようなものであったのか、その実態を明らかにして、私たちの父祖に対する濡れ衣を完璧に取り払いたいと思います。



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当時は他の国々と同様に,日本でも朝鮮でも売春宿の存在そのものが合法でした。

貧しい女性たちが生きる糧を得るために、また親兄弟を養うために売春宿に身を売った時代でした。

日中戦争(当時は支那事変と呼びました)が始まると、売春宿の経営者たちは中国に進出し、中国大陸の日本軍の周辺で慰安婦施設を経営しました。

彼女たちを募集していたのは民間の斡旋業者(女衒ぜげん)であり、女衒たちは日本国内や朝鮮半島で希望者を募集して大陸へ送ったのです。



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その後、大東亜戦争が激しくなるにつれて、「危険地手当」として多額の報酬が「慰安婦」に支払われるようになり、危険をかえりみず多くの女性が業者の募集に応じ、戦場の近くで合法的に「慰安婦」として働いたのです。

当時、工場で働く女性の平均月給は30円前後であり、ここで提示されている月給300円はその10倍で、これは、当時の知事や日本軍大佐クラスの高給でした。



松木国俊 著 ほんとうは、「日韓併合」が韓国を救った! から抜萃



撮影機材
Konica HEXAR


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180402 朝鮮の人々は警察によって守られていた 

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第3章 「従軍慰安婦」強制連行の虚構を暴く

1︎⃣ ことあるごとに持ち出される「歴史カード」の歪曲と捏造

朝鮮の人々は警察によって守られていた


もし、あなたの恋人が、娘が、姉妹が無理やり拉致されて慰安婦として連れて行かれたなら、あなたは後でどんな罰を受けようが、命がけで死に物狂いでこれを取り戻そうとするでしょう。

まして、家族の絆を最も大切にする朝鮮人が黙って指をくわえて見ているはずがありません。

村中、町中大騒ぎになり、たちまちのうちに講義の波が全国に広がるでしょう。

何千何万人の女性が拉致されたならば当然、官憲に対する暴動が起き、朝鮮半島中収拾のつかない混乱状態に陥ったはずです。

ところが、「慰安婦狩り」に対する抗議暴動など、いろいろ調べても記録されていないのです。

「慰安婦狩り」に見て見ぬふりをするほど、当時の朝鮮の人々は無気力だったとは到底信じられません。

暴動がなかったことが「慰安婦狩り」を否定する何よりの証拠でしょう。



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当時、朝鮮全土における警察官の数は合計2万名弱にすぎませんでした(現在の韓国ではソウルだけでも約2万5千人います)。

しかも、戦時下においては日本人警察官の多くが軍隊に召集され、第一線の警察官の大多数は朝鮮人でした(坪井幸生『ある朝鮮総督府警察官僚の回想』草思社)。

とすると、朝鮮人警官が朝鮮の女性を留置所に閉じ込め、慰安婦として戦場に送ったことになります。

朝鮮人が同胞にそのようなことをしたとは信じられません。

実際には、警察官のおかげで朝鮮の治安は安定しており、圧倒的多数の朝鮮人が朝鮮総督府傘下の警察を信頼していました。

父が娘を無理やり売春宿に売ろうとするのを近所の人が交番に通報し、警官が父親を逮捕した話などいくらでもあります。

警察は朝鮮の人々の「守り神」であり、断じて「慰安婦狩り」などありませんでした。



松木国俊 著 ほんとうは、「日韓併合」が韓国を救った! から抜萃



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180323 朝鮮にあった日本軍は駐屯地から出ていなかった 

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第3章 「従軍慰安婦」強制連行の虚構を暴く

1︎⃣ ことあるごとに持ち出される「歴史カード」の歪曲と捏造

  朝鮮にあった日本軍は駐屯地から出ていなかった


韓国では、日本軍が出動して「慰安婦狩り」をやったと主張していますが、日本軍の駐留軍は2個師団のみで、駐留目的はソ連からの領土防衛でした。

治安維持は警察が受け持っており、三一暴動以降、日本軍が初めて駐屯地から街頭に出てきたのは終戦後のことで、日本の居留民の保護が主目的でした(黄文雄『韓国は日本人がつくった』ワック)。

日本軍が朝鮮全土で万単位の女性を拉致したとされる「慰安婦狩り」が全くの作り話であることが、このこと一つとっても明らかです。



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また、済州島には「慰安婦狩り」の話が伝わっておらず、吉田の本に疑問を持った地元紙「済州新聞」の記者、許栄善が詳細を聞き取り調査したところ、島民たちからは「慰安婦狩り」の証言は全くなく、反対に「でたらめだ」と一蹴されたそうです。

同氏は調査結果を、1989年8月14日付紙上で次のように発表しています。

「法環里などあちこちの村で行われた慰安婦狩りの話を裏づけ証言する人はほとんどいない。島民たちは『でたらめだ』と一蹴し、この著述の信憑性に対して強く疑問を投げかけている・・・・郷土史家の金奉玉も『1983年に日本語版が出てから、何年かの間追跡調査した結果、事実でないことを発見した。この本は日本人の悪徳ぶりを示す軽薄な商魂の産物と思われる』と憤慨している」(秦郁彦『慰安婦と戦場の性』新潮選書)



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人口の少ない済州島で、もし「慰安婦狩り」が実際に行われたのであれば大勢の証人がいるはずですが、誰一人として日本軍が強制連行する場面を見ていなかったのです。

そして、これらの調査結果を突きつけられた吉田も、創作だったことを認めたと伝えられています(杉本幹夫『「植民地朝鮮」の研究』展転社)。

しかしながら、前述の朝日新聞の記事は、これらの調査結果すら全く無視しているのです。
この新聞は、日本人をおとしめることを「社是」にしているのではないかと疑いたくなります。



松木国俊 著 ほんとうは、「日韓併合」が韓国を救った! から抜萃





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Konica HEXAR


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180312 「日本軍は慰安婦狩りを行った」=歴史の捏造 

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第3章 「従軍慰安婦」強制連行の虚構を暴く

1︎⃣ ことあるごとに持ち出される「歴史カード」の歪曲と捏造

「日本軍は慰安婦狩りを行った」=歴史の捏造


「女子挺身隊」と「慰安婦」の近藤という歴史歪曲に加えて、さらに恐るべき歴史の捏造があります。

それが「慰安婦狩り」です。

「女子挺身隊」として組織的に「慰安婦」にするだけではあきたらず、日本軍は手当たり次第に朝鮮人女性を拉致し、軍隊に送って「慰安婦」にしたと韓国は怒っているのです。

もしこれが本当なら、韓国が猛烈に非難してくることもわかります。



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ところが、実はこれを最初に言い出したのは日本人だったのです。

吉田清治という人物が1983年(昭和58年)に『私の戦争犯罪』(三一書房)という本を出版し、そのなかで彼は「済州島で9名の兵隊と共に約200名の朝鮮人女性を強制連行して慰安婦にした」と「告白」しました。

この本には、
「木剣や銃をもった兵隊たちが民家の戸をあけて踏込み女を探した」

「隊員に反抗してはげしくもみあい、服が裂け、胸もとが裸になった娘が泣き叫んで、塩かますにしがみつくと、隊員に腰を蹴られて床に転がった・・・・隊員は足首をつかんで、笑いながら引きづり出した・・・・窓わくに取り付いた娘たちは、背や尻を強く打たれて、悲鳴をあげてのけぞり、床に落ちて号泣した」

など、済州島のあちこちで女性を捕らえた時の様子が、これでもかとばかり生々しく記述されています。

兵隊たちは「役得」として、トラック上で女性たちを強姦したとも書いてあります。

この本は1989年(平成元年)に韓国語に翻訳され、内容を知った韓国の人々は驚愕し、激怒しました。



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さらに、朝日新聞も1992年1月23日付夕刊「窓・論説委員室から」で吉田の話を取り上げ、「一つの村から3人、10人と連行して警察の留置所にいれておき、予定の百人、二百人になれば下関へ運ぶ。女性達は陸軍の営庭で軍属の手に渡り前線へ送られた。吉田さんが強制連行した女性は少なくとも九百五十人はいた」と何の証拠も根拠もないまま、日本軍や警察が「慰安婦狩り」をやったと書きたて、韓国人の怒りを煽りました。

しかし次に述べるように、これらはまったく事実無根なのです。

「慰安婦狩り」はこのような日本発の嘘からはじまり、韓国全土で「慰安婦狩り」が行われたことになったのです。



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撮影機材
Konica HREXAR


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180306 政府の調査結果は「挺身隊名目での慰安婦強制連行の事実なし」 

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第3章 「従軍慰安婦」強制連行の虚構を暴く

1︎⃣ ことあるごとに持ち出される「歴史カード」の歪曲と捏造

政府の調査結果は「挺身隊名目での慰安婦強制連行の事実なし」


もともと「女子挺身隊」と「慰安婦」は全く関係ありませんでしたが、従軍慰安婦問題がクローズアップされた後、日本政府は慰安婦問題に関する調査を行い、1992年(平成4年)と93年(平成5年)の2回にわたって調査結果を発表しています。



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1997年1月30日、参議院予算委員会で片山虎之助議員が、1993年に発表された政府調査報告書「いわゆる慰安婦問題の調査結果について」のなかで「慰安婦強制連行」の証拠があったかどうかを質問しました。

それに対し、平林博政府委員は「政府が調査したかぎりの文書のなかには、軍や官憲による慰安婦の強制募集を直接示すような記述は見出せなかった」と明確に回答しています。



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さらに同委員は、1997年3月12日の参議院予算委員会でも小山孝雄議員の質問に対し、「慰安婦と女子挺身隊はまったく異なる。(中略)慰安婦というものは政府ないし軍の制度として存在したことはない」と回答しています。

政府が収集した資料の数は280点、厚みで2メートルにも及びました。

その膨大な政府資料のなかに、「慰安婦強制連行の証拠」は全くなかったのです。



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この時、政府が提出した資料のなかに、「朝鮮総督府部内臨時職員設置制改正の件」(昭和19年内務省より閣議提出)というのがあります。

職員増員を求めた法案ですが、その理由のなかに「未婚女子の徴用は必至にして、中には此等を慰安婦となすがごとき荒唐無稽なる流言巷に伝わり、此等悪質なる流言と相俟あいまって労働事情は今後ますます困難に赴く」とあります。

結果的に朝鮮女子は徴用令の対象から外されましたが、当時「重用されると慰安婦にされる」というとんでもないデマが一部に広まり、これに朝鮮総督府は頭を痛めていたことがこの政府資料で明らかです。



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このように、政府資料には「女子挺身隊」が慰安婦とは無関係であったことを証明する逆の証拠はいくらでも見受けられます。

また、韓国で今までに170名ほどの女性が「慰安婦」であったと名乗り出ていますが、彼女たちのなかで、「女子挺身隊」として動員され「慰安婦」にされたとはっきり証言している人は1人もいません。

これらは全く違うものだったので同然のことです(李榮薫『大韓民国の物語』文藝春秋)。



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慰安婦の実態を日本政府が細かく調べても、「女子挺身隊」として徴用されて「慰安婦」となった事実はなく、まして当事者である元慰安婦ですら、だれもそのような証言をしていないのです。

朝鮮の女性が「女子挺身隊」として連行され「慰安婦」にされたことはなく、韓国の「従軍慰安婦問題」批判はトンデモナイ思い違いに基づいていることがおわかりでしょう。



松木国俊 著 ほんとうは、「日韓併合」が韓国を救った! から抜萃



撮影機材
Nikon FA



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